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「暴力で追い詰めるより…」調教の第一人者、“馬と話す男” モンティ・ロバーツ氏が提唱する競馬改革とは?

「非暴力」をモットーに競走馬と分かり合う手法で知られる伝説の調教師、モンティ・ロバーツ氏。90歳を迎えた今も現場に立つ彼が提唱する、鞭使用を巡る改革とは?

「暴力で追い詰めるより…」調教の第一人者、“馬と話す男” モンティ・ロバーツ氏が提唱する競馬改革とは?

「非暴力」をモットーに競走馬と分かり合う手法で知られる伝説の調教師、モンティ・ロバーツ氏。90歳を迎えた今も現場に立つ彼が提唱する、鞭使用を巡る改革とは?

モンティ・ロバーツ氏は競馬界で最も議論の的になっている問題、つまりは鞭の使用について意見を述べる前に、一つだけはっきりさせておきたいことがあると切り出した。

「はっきりと言わせてください。私は競馬を愛しています」とロバーツは語った。

「競馬は、4本の脚を持つ信じられないようなアスリートが、過去に経験したことがないほど速く走り、最大級のビッグレースを勝つ。そういうエキサイティングなことなんです」

「でも、その馬から最高のパフォーマンスを引き出すために、ムチを打たなければならないのなら、私にとってそれはエキサイティングではありません」 

現在90歳になるロバーツ氏は、カリフォルニアにある自身の牧場で教室を開き、若駒を調教する彼独自のやり方をデモンストレーションするレッスンを終えたばかりだ。今も現役で馴致に携わっており、ロンギ場(丸馬場)に入っては新しい馬と自身の手で触れ合っている。

若駒たちはロンギ場の中心に立つロバーツに目と耳を向けながら、右回りに、そして左回りにと壁沿いを回って行く。やがて、馬は心を開いて彼の元へと近寄ってくる。これが、ロバーツの代名詞とも言える『ジョインアップ』という手法の過程だ。

彼のスタイルは今も昔ながらのクラシックなカウボーイそのものに見える。普段から着ている、青い厚手のコットンシャツに赤いネッカチーフ、そして銀のバックル。彼の青い瞳は、つばの広い白い帽子の下で今も輝いている。彼が年齢を重ねた唯一の兆候は、革製の乗馬ブーツではなく、快適なスリッポンタイプのスケッチャーズスニーカーを履いていることだろうか。

カリフォルニア州のサンタバーバラ、ソルバング近郊のフラッグイズアップファームで彼が教えている哲学が『非暴力』であることを考えると、競馬に鞭は不要だという彼の考えは驚くには当たらない。この牧場に鞭、鼻ネジ、拍車はない。モンティ・ロバーツ国際学習センターでは、「馬を馴致する」ことを『馬を落ち着かせる』と表現している。

「正直なところ、私は鞭によって馬がひどい苦痛を味わっているとは一度も考えたことがありませんでした」とロバーツは補足を入れる。彼が言いたいのは、鞭は残酷だという主張ではなく、鞭は競走馬の力を引き出す上で効果を発揮していないということだ。

「特に今使われているパッド付きタイプの鞭ではなおさらです。むしろ、ムチを打つというジョッキーの心構えが問題です。背中で起こる一連の動作、つまり騎手の動きやムチの影響のせいで、逆に遅く走ってしまうのではないかと私は考えています」 

鞭の改革だけでなく、禁止さえも求めるロバーツのこの主張は、単なる反競馬的な部外者の見解ではない。彼はこのスポーツにおいて確かな実績を持っている。ロバーツの影響力は、彼の故郷であるカリフォルニアをはるかに超えて、競馬の現代史を通じて広まっている。

Monty Roberts at his California ranch
MONTY ROBERTS, SHY BOY / Buellton, California // 2005 /// Photo by Dan Tuffs

オーストラリアからアジア、そしてヨーロッパに至るまで、ロバーツの教えは、このスポーツを牽引する何人かのキーパーソンを通じて、競馬文化に影響を与えてきた。

香港競馬界で言えば、かつて13度もリーディングジョッキーに輝いた後、調教師に転身したダグラス・ホワイトや、今は競馬学校の騎手教官であるフェリックス・コーツィー元騎手がロバーツの弟子だ。

香港ジョッキークラブ(HKJC)で長年この役職を務めるウインフリート・エンゲルブレヒト=ブレスゲスCEOでさえ、1991年にロバーツと初めて会って以来、『ホース・ウィスパラー(馬と話す男)』と多くの時間を過ごしている。

ロバーツが手がけた矯正作業は、競馬界で最も愛され、才能にあふれる『暴れん坊』たちの育成にも一役買っていた。香港のパキスタンスターは、レース中に走るのを止めてしまった事件から10カ月後、ロバーツのコンサルティングを受けてG1を2勝した。また、シャトークアがゲート内で立ち止まってしまう癖を直す手助けもした。しかし、ロバーツの最大のプロジェクトは、ドイツの偉大な名馬・ロミタスだったかもしれない。

パキスタンスターはレース中に止まり、シャトークアはスタートを嫌がったが、ロミタスの場合はまったくゲートに入ろうとしなかった。ロバーツの魔法をかけられたロミタスは、出走停止処分から復帰し、後にドイツ年度代表馬を獲得した。

それ以前にも、ロバーツは1歳馬をピンフック(当歳や1歳時に安く購入し、2歳時に高値で売却すること)することで、サラブレッド界でかなりの財を成していた。彼はオークションでイヤリングを買い、自身の非暴力的な手法で馬を教育し、準備ができた2歳馬に利益を乗せて売却していたのだ。

1973年から1990年までの18年間で、ロバーツの記録によれば、売上は1,900万ドル、利益率は43パーセントに達している。彼のスカウトした後の名馬には、1978年の米三冠馬に輝くアファームド(わずか4万ドルで購入)や、その他11頭の重賞優勝馬が含まれていた。

では、なぜロバーツは競馬に本腰を入れなかったのか?時には無償の仕事もあったというのに。例えば、故エリザベス女王から仕事の依頼を受けたことは有名な話だ。大金でのオファーもあったことだろう。

まず、現実的な理由があった。カリフォルニアのサラブレッド産業が衰退し、『ready-to-run(調教済み)』の若駒を取り扱うトレーニングセールは、東部のケンタッキーやフロリダへと移ってしまったのだ。

しかし、本当にロバーツにとって重要だったのは、お金ではなかった。今もそうではない。

「それは素晴らしい質問ですね」とロバーツは切り出し、なぜ競馬に本腰を入れないのかという問いに答えた。

「まず、私は自分が400万ドルか500万ドルの価値になるとは夢にも思っていませんでした。そして、そのくらいの価値がある人間になった時、わざわざ競馬のために旅をする必要もありませんでした」

「私は人生のずっと、レースの中に身を置いてきました。だから、私を駆り立てたのはレースの興奮ではありませんでした。そうではなく、暴力は答えではないということを人々に示すことができる、正しいことをすることへの興奮だったのです 。それが私のモチベーションでした」 

それでも、ロバーツは競馬というものの現実と、何が賞金を支えているかを理解している。

「結局のところ、競馬というのは馬券とそれの売上に行き着きます」とロバーツは言う。

「しかし、ムチについて決断を下す際には、それを脇に置かなければならないと思います」 

ロバーツは競馬界に対し、適切な調査を行い、ムチが禁止されたり、安全対策としてのみ携帯が許可されている国々(具体的にはスウェーデン、デンマーク、ノルウェー)に目を向けて、安全上の問題や発売金の大幅な減少があったかどうかを調査してほしいと望んでいる。

スウェーデン競馬統括機関の競馬責任者であるデニス・マドセン氏は、2022年に競馬専門紙の『サラブレッド・デイリー・ニュース』に対し、北欧では鞭が禁止されて以来、「進路妨害が減った」、「危険な状況はめったに起こらなくなった」と語り、馬がより真っ直ぐ、よりきれいに走るようになったと述べている。

決定的なことに、勝馬投票は影響を受けていない 。スウェーデンのサラブレッド競馬の馬券売上は、実際には増加しているのだ。

「私たちは、勝馬投票にマイナスの影響があったとは見ていません」とマドセンは語った。

香港との対比は際立っている。今シーズン、HKJCは新たな鞭の使用ルールを導入した。これは、残り100m地点より手前では、連続した完歩で鞭を連打することを禁止するものだ。

この変更は、特に8度のリーディングジョッキーであるザック・パートン騎手からの反対に遭った。

「私は好きではありませんし、賛成できません」とパートンは地元紙の『サウス・チャイナ・モーニング・ポスト』に語っている。

「ムチの使用ルールを導入した世界中のあらゆる場所で、発売金と参加頭数が減少していると思います。それは間違ったことだと思います。私たちは世界トップクラスの競馬統括機関であり、このまま自分たちのやり方を続けるべきでした。もし、自分たちが一番だと自負があるなら、それをわざわざ変えたりはしないでしょう」 

ロバーツは、このような対立こそが協調の必要性を浮き彫りにしていると信じている。

「私たちは世界中の競馬場から専門家を招くべきです。彼らがここに来て、私の仕事を見てくれることを願っています。彼らは知的な人々ですから、私が非暴力的な方法を見つけ、それが暴力よりも私の馬を勝利に近づけるということを、簡単に理解できるはずです」 

ロバーツは、鞭が効果的でないだけでなく、馬は「痛みに逆らって」走るという彼の理論から、鞭が馬の速度を遅らせると考えている。また、鞭によって馬がよれてしまい、進路妨害を引き起こすことがあり、時には危険な場合もある。

「ムチで馬を叩くと、例えば左手で、ゴールまで残り100ヤードの地点でこれをやると、馬の左耳はその打撃の方へ向かいます。目もその打撃の方へ行きます。そして馬はその打撃の方へ傾きます。その結果、馬はゴールに到達する前に速度を落としてしまうのです」 

「結局のところ、ムチがなくても、馬とジョッキーはレースに勝てるのです」とロバーツは語る。

Horse whisperer Monty Roberts
MONTY ROBERTS / Flag Up Farm, California // 2025 /// Photo by Idol Horse

最近のロバーツは、自身が天寿を全うする日を強く意識して話す。自身の才能を神のおかげだとし、牧場に何を残したいかについて語る。今の牧場では、娘のデビーが中心的な役割を果たしているという。

「世の中の賢い人の中には、『なぜこの知識をすべて自分のために使わないんだ?あっという間に1,000万ドルは稼げる馬主になれるのに』と疑問に持つ人もいるでしょう」と彼は言う。

「しかし、私はそうしたくありません。私は、暴力を使わずになにが成し遂げられるかを示したいのです。そして、この学校とこの牧場が続いてほしいと願っています。馬を極限まで追い詰めて大金を稼ぐことよりも、そういったことを望んでいるのです」

「これを始めたその日から、私はこれは上手く行くんじゃないかと信じていました。そして、ずっとその通りになっています」 

ロミタスとロバーツのドキュメンタリーはこちら

マイケル・コックス、Idol Horseの編集長。オーストラリアのニューカッスルやハンターバレー地域でハーネスレース(繋駕速歩競走)に携わる一家に生まれ、競馬記者として19年以上の活動経験を持っている。香港競馬の取材に定評があり、これまで寄稿したメディアにはサウス・チャイナ・モーニング・ポスト、ジ・エイジ、ヘラルド・サン、AAP通信、アジアン・レーシング・レポート、イラワラ・マーキュリーなどが含まれる。

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