今年、日本馬が海外の地で遠征に挑んだ物語の中で、ユメノホノオの挑戦は大きな注目を集めたわけではなかったかもしれない。
しかし、高知競馬の王者が4月にソウルで行われた韓国のG3・YTN杯に出走したことは、中央競馬に次ぐ地方競馬の関係者たちの間で、静かに高まりつつある自信を象徴するものだった。
JRAのビッグネームたちがブリーダーズカップ、凱旋門賞、サウジカップ、ドバイワールドカップといった世界の主要レースで成功を収めている一方、地方競馬の馬たちは相対的に影の存在だ。しかし、2023年の米G1・サンタアニタダービーでは、大井所属のマンダリンヒーローが僅差の2着に健闘。まさに「地方競馬も侮れない」という執念を強く印象づけた。
こうして、ユメノホノオの馬主である須田靖之氏は、遠く離れた地で高知の個性派王者の実力を試す時が来たと決意。それまで、高知の馬が韓国競馬に遠征したことは一度もなかったにもかかわらず、だ。
5歳馬のユメノホノオは、2022年7月に高知でデビューし、2歳馬として出走した7戦中で5勝を挙げた。そして、3歳になると地方競馬を代表するエースジョッキー、吉原寛人騎手とコンビを組み、無傷の9連勝を記録した。
このコンビでは黒潮皐月賞、高知優駿(黒潮ダービー)、そして黒潮菊花賞を制し、史上4頭目の高知三冠馬に。この馬は年末のグランプリレース、高知県知事賞も2年連続で制覇しており、現在は25戦19勝、2着3回の安定した成績を誇っている。
同馬を管理する田中守調教師は、騎手時代を経て、2002年に高知競馬場で厩舎を開業した。昨年末には地方競馬通算3000勝を達成し、今年も所属するジュゲムーンが高知二冠を達成するなど、高知でも有数の強豪厩舎として知られている。

そんなユメノホノオが新たな舞台に挑んだきっかけは、馬主である須田靖之氏の一言だった。田中師が遠征が決まった経緯について、Idol Horseに明かしてくれた。
「オーナーが『このレース行きたいんだけど」って言うから、『そこまで言うんだったら』って申し込みして。でも入るかどうかわかんないんで、って感じでいたら申し込みは通って、行きますからって。どうなることやらと思ったんだけどね」
高知競馬では過去に例のない海外遠征、に指揮官は「半信半疑だった」と苦笑するが、それも無理からぬことだ。2005年のG1・ドバイワールドカップに船橋のアジュディミツオーが挑んで以降、地方所属馬の海外遠征は多くが南関東の馬によるものだった。兵庫のイグナイターを除けば、西日本で他に例がない。
これまで遠征を経験してこなかったユメノホノオにとって、検疫を受ける栃木県の地方競馬教養センターまでの、10時間を超える長旅は最初の試練だった。特に、休養時以外は乗る機会のない馬運車の乗り降りには苦労したという。
「最初馬運車にも乗らないし、狭いところにも入らないから、1頭だけこの後ろの広い枠で。成田までの馬運車もやっぱりあんまり乗らなかったね。飛行機乗せる時も広いコンテナにバックで乗せて。そこから飛行機乗って降りたら、なぜか知らないけど、普通に馬運車乗ったって。もうここまでやられたら『絶対乗せられるな、抵抗してももう無駄や』って観念したかもわからない」
また、韓国到着後も遠征ならではの苦労があったと田中は述べた。
「厩務員(帯同した山頭信義氏)は厩舎で寝泊まりができない。ホテルを行ったり来たりして。だから、馬は厩務員がいないと1人。もう普段ここにいる時はもう誰かしら絶対いるっていうのに慣れてるからね。那須から韓国行くまでに1頭も他馬に会ったこともないしね。それも馬にとっても当然初めてだった」
レース当日、ユメノホノオはYTN杯の現地オッズで2番人気に支持された。課題のスタートもクリアして2番手に取り付いた。果敢に先行し、4コーナーを過ぎて一時先頭に立ったものの、外から強襲するグローバルヒットの末脚に屈して3着に終わった。
しかし、ユメノホノオは結果よりも大きなものを手にして帰ってきたと調教師は話す。
「全然ガレてる様子もないです。むしろ成長して帰ってきたぐらい。勝ってきたんかなってくらい」
「いろんなとこに行ったから、ちょっと大人になったんだね。無駄な仕草をしなくなった。前は結構いたずらするタイプで、運動しても立ち上がったり色々やってたけど、調教も今は1周目から折り合っていくもんね。馬体重が減らなくて済むよ」
田中が語るように、かつてのユメノホノオは高知競馬でも屈指の癖馬として知られていた。3歳時の高知優駿・黒潮菊花賞では大きく出遅れ、どちらも最後方から豪脚を繰り出すことで勝利を収めた。
「ダービーにしたってもう気が気やないよ。出たかな、と思ったら、『あ、今出ました』って言うから、『うわ、最悪。もうこれ絶対負けるのかな』って、あの時はそう思ってたよ。あれだけ遅れた。もうみんなが前行ってんのに、今出ましたって」
「それでも勝って三冠まで取って、海外まで行ってね」
ユメノホノオは帰国初戦、御畳瀬特別を快勝。愛馬の今後の展望について田中は「まだまだ期待するところがある」と語る。
「やっと馬が出来上がってきたから、あの感じだったら他の競馬場も行けるかもしれない。ファンはユメノホノオが来るってなったら喜ぶんじゃないかな。秋も暑いけど、良い状態で出走させて良い結果が出ればいいね」