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中内田充正調教師が語る「重圧と充実」、リバティアイランドとの挑戦の先にあるのは

G1での挑戦と、引退馬の未来に託す理想。ドバイでのリバティアイランドの敗戦を挟んで、中内田調教師がIdol Horseに語ったのは、競馬に懸ける飽くなき探究心だった。

中内田充正調教師が語る「重圧と充実」、リバティアイランドとの挑戦の先にあるのは

G1での挑戦と、引退馬の未来に託す理想。ドバイでのリバティアイランドの敗戦を挟んで、中内田調教師がIdol Horseに語ったのは、競馬に懸ける飽くなき探究心だった。

中内田充正調教師の姿はいつも通りだった。冷静で丁寧な口調、落ち着いたスーツ姿に、背筋を伸ばしたきちんとした立ち居振る舞い。

だが、ひとつだけ違いがあった。ネクタイの結び目が、ほんのわずかに緩んでいた。シャツのワイドカラーにきっちりと収まっていたはずのそれは、灼熱の日中が蒸し暑い夜に変わり、ドバイワールドカップデーに集まった観客が狭すぎる出口に殺到する中で、思案に沈む表情とともに、静かな失望の兆しを覗かせていた。

「持ち味の切れる脚が見られなかったです。ひと叩き必要だったのかもしれません」

G1・ドバイターフでの8着というリバティアイランドの期待外れの結果を受けて、口にされた言葉は、昨年10月のG1・天皇賞・秋の記憶へと繋がっていく。故障明けで臨んだその一戦でも、求められた瞬発力は影を潜めていた。

今回も「天皇賞の時と似ている」との見解だった。その輝かしい実績にも関わらず、また、レース前の調教では、力強く、落ち着いて、何の問題もないように見えたにも関わらず、中内田調教師が課したレースに臨む態勢が整っていなかった。

「あれは性格的なものでして」と説明は続く。「3歳の頃からそうでした。けれどその時は同世代の牝馬相手だったので、それでも勝てました」

その言葉が思い出させるのは、2023年4月、G1・桜花賞での衝撃的な勝利だった。三冠牝馬への第一歩となったそのレース、初戦ながら1.6倍の圧倒的な支持を受け、18頭立てで後方3番手からの競馬。川田将雅騎手が直線で大外に持ち出し、鋭く加速すると、一気に格下のコナコーストを捉え、3/4馬身差で差し切った。あの日のファンにとっては、手に汗握る一戦だった。

「でも、今は状況が違います。一流馬との対戦で、能力の8割だけでは通用しません。牡馬、そして世界の強豪を相手にしているのですから」

そう語った後には「この一戦がきっかけになる」との期待も滲んでいた。シャティンでのG1・QEIIカップに向けて、今回の敗戦がスイッチとなり、本来の走りを引き出す一助になる、そんな思いを胸に次戦への調整が始まる。願わくば、ここからが本当の始動だ。

Liberty Island in the Dubai Turf
LIBERTY ISLAND, YUGA KAWADA / G1 Dubai Turf // Meydan /// 2025 //// Photo by Shuhei Okada

競走馬と向き合う日々は、毎日が学びの連続だ。それは、30代のジョージ・バウヒー調教師でも、89歳のD・ウェイン・ルーカス調教師でも変わらない。2021年のJRAリーディングトレーナー、47歳の中内田充正調教師もまた、その姿勢を片時も忘れずに過ごしている。

週7日、思考の中心には常に馬たちがいる。敗因を分析し、次の勝利に向けた準備を積み重ねる。わずかな家族との時間も、引退馬の再調教に費やしているという。

リバティアイランドが結果を出せなかった数時間前、メイダンホテルのロビー奥にある静かな空間で、束の間の休息を取っていた。家族と共に馬の世界から少し離れ、タクシーでドバイモールを往復したばかりだった。

「大きすぎますね」

巨大な商業空間で何度も迷ったと笑ったあと、すぐに話題は馬の話へと戻った。

「月曜日は休みなので、今は少し自由な時間があります」

そう話す時間も、朝と夕方の厩舎の時間の合間だ。

「その合間を使って、引退馬の調教をしています。結局また馬に関わることになりますが、これはプレッシャーのない純粋な楽しみですね。ただ乗るのが好きなんです」

「娘や妻も乗馬をやっていて、うちからそう遠くない栗東stableに通っています。ありがたいことに、ディープインパクトとガリレオの産駒に乗ってるんですよ」そう言って笑みを浮かべる。

その馬たちは、現役時代に19戦4勝を挙げたフォックスクリークと、障害戦を含む11戦未勝利のダノンフロンティア。どちらも中内田厩舎で走った馬たちだ。

「家族との時間としても最高ですし、こうした引退競走馬のリトレーニングはこの競馬界全体にとって、とても重要です。年々その重要性は増していて、もっと多くの競馬関係者が関わっていく必要があると自分では思います」

「日本でも状況は改善されてきており、元競走馬の競技会、障害飛越などがあり、規模も大きくなってきています。私も昨年、何回か競技会に出場しましたが、勝てませんでした。でも、楽しむために参加したわけです。馬のために一丸となってもっと多くのことをする必要があります。それが重要なことだと思っています」

Mitsu and Fox Creek at Ritto Stable
MITSUMASA NAKAUCHIDA, FOX CREEK / Ritto Stable, Japan // 2025 /// Photo supplied

リバティアイランドの出走を控えていたこの時点でも、引退馬へのリトレーニングへの熱意は衰えることなく、語る声には活力が満ちていた。

その情熱は愛馬や引退馬へのものだけでなく、今年のクラシック有力馬であるエリキングにも向けられている。オーナーの藤田晋氏とともに、皐月賞、東京優駿を狙ったプロジェクトが進行中だ。

「ドバイに来る前に、追い切りでとても良い走りを見せてくれました。レースの3週間前のことです。次はもっと本格的な追い切りを行う予定で、その追い切りでさらに良くなるはずです」

クラシック戦線を見据えるエリキングと対照的に、マディソンガールの桜花賞への道は閉ざされた。リバティアイランドの全妹にあたる素質馬だが、2月の東京・G3戦でエンブロイダリーに敗れて6着。中内田厩舎らしく、焦らずじっくりと育てていく方針が取られている。

この姿勢こそが、厩舎の高い勝率の理由だ。JRAのシーズン終了時に授与される最高勝率賞を、これまでに4度(2017年、2019年、2021年、2022年)受賞している。

「一頭一頭をしっかり見極めています。オーナーの多くに辛抱強く待っていただいているので、すべての馬に時間を与え、出走を急ぐ必要はありません。準備が整っていない馬は使わない。たとえ皐月賞やダービーであっても、準備ができていなければ出しません。仕上がっていれば出す。それだけです」

「このような立場にいられることを本当に幸運に思っています。ほとんどの馬は、良血で高額です。もし出走すれば、ほとんどの馬主が勝つことを当然期待します。だからこそ、安易に負けさせるわけにはいかないんです」

厩舎は70頭の馬を所属しているが、現在の在厩可能な頭数はJRAの規定上限である28頭だ。厩舎には常に質の高い血統を持つ馬が揃っている。

リストに名を連ねるオーナーたちは、世界的に名高い存在ばかり。ノーザンファームの吉田勝己氏をはじめ、サンデーレーシング、キャロットファーム、シルクレーシング、社台、ゴドルフィン、ダノックス、シェイク・ファハド、金子真人ホールディングス、さらには『ウマ娘』と『フォーエバーヤング』で知られる藤田晋氏などだ。

そこに加わったのが、DMMドリームクラブ。矢作芳人厩舎のラヴズオンリーユーが日本調教馬として初めてブリーダーズカップを制し、世界的な注目を集めた黒と緑の勝負服である。

ここ数年、アメリカ、イギリス、オーストラリアのセールに継続して参加しており、今年のマジックミリオンズ・ゴールドコースト・イヤリングセールでは、DMMとともに母サンライト、父ホームアフェアーズの牝馬を320万豪ドル(約3.1億円・セール史上最高額)で落札した。

「今年はDMMから初めて2歳馬が預託していただきました。セレクトセールで購入されたコスモポリタンクイーンの仔です。牝馬を購入して繁殖牝馬の基盤を築きたいという目標があり、去年のイングリス・イースターセールではウィンクスの仔を狙っていましたが、価格が一気に上がってしまい手が出せませんでした」

昨年10月のタタソールズでは、フランケル産駒に440万ギニーの値がついたが、そこでも応札に加わっていた。しかし、2018年に340万ギニーで落札されたガリレオ産駒に次いで、自身2度目の次点入札者(アンダービッダー)に終わった。ただ、その事実だけで馬主たちからの信頼を勝ち取っている証だと言えるだろう。

中内田充正調教師の馬に対する勘は、一朝一夕のものではない。滋賀県信楽にある育成牧場、信楽牧場で幼少期を過ごし、父・克二氏のもとで馬と向き合ってきた。憧れは芦毛の名馬、オグリキャップ。その走りに心を奪われ、人生を馬に捧げることを決めた。16歳でアイルランドに渡り、イギリスの大学で競馬ビジネスを学んだ。

アマチュア騎手として、ジョン “JJ” レノン厩舎ではバンパー(平地のみの障害戦)やハードル戦に騎乗。さらにリチャード・ハノン、シルヴェスター・カーク厩舎では平地競走にも騎乗した。その後、サー・マーク・プレスコット、クリケット・ヘッド・マーレク、そしてカリフォルニアの名伯楽であるボビー・フランケルといった調教師の下で研鑽を積み、日本帰国後は橋田満調教師の厩舎でJRAの仕組みを学んだ。

2014年に調教師免許を取得して以降、すでにG1を8勝、牝馬三冠も達成。リーディング上位の常連だが、そこに驕りはない。成果は個人のものではなく、騎手、厩務員、スタッフ全員のチームワークの賜物だという。調教師としての役割は、人馬を繋ぐ最適な関係性を築くことにある。

それでも、厩舎の長として叶えたい思いがある。リバティアイランドが敗れたその夜、それは叶えられぬまま残された。

「日本国内でも、まだそんなに多く勝っていません。でも、今預かっている馬たちは、国際舞台で戦うに値するレベルです。海外で勝てるだけの力があると思っています。だから、勝たなければいけない。ただ、それは時間の問題だと思います」

Eri King wins at Chukyo
ERI KING / Chukyo // 2024 /// Photo by まいる @randam_name

惜敗の日々は無情にも続く。12月の香港では、リバティアイランドがロマンチックウォリアーに僅差で屈し、プログノーシスは2度もシャティンで香港の強豪に及ばなかった。さらに昨年のG1・コックスプレートでは、名馬ヴィアシスティーナに敗れた。

「いつもその前には、スターと呼ばれるような馬がいます。プログノーシスも人気を集めましたが、ヴィアシスティーナは異次元の馬でした。香港でもロマンチックウォリアーにぶつかりました。でも、それが競馬です」

「いつか、自分の厩舎からも、ああいう“別格の馬”、チャンピオンホースを育てたいです」

そんな馬が簡単に厩舎の扉を叩くことはめったにないが、メイダンをあとにするその姿には、クラシックシーズンがもたらす未来への希望が確かにあった。もしかすると、その馬は皐月賞に向かうエリキングかもしれない。あるいは、DMMと落札したマジックミリオンズ出身の高額牝馬かもしれない。

「例えば皐月賞を見てください。実際にどうなるかは誰にも分かりません。だからこそ面白い。だから競馬はワクワクするんです」

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍していた。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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