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“馬を救った手綱” マイケル・ディー騎手、日本で掴んだ「数字以上」のもの

勝ち星には恵まれなかったが、その騎乗姿勢と人柄が評価された2ヶ月間。マイケル・ディー騎手は、上位人気でなくとも勝負に持ち込む技術と、馬を第一に考える姿勢で日本に爪痕を残した。

“馬を救った手綱” マイケル・ディー騎手、日本で掴んだ「数字以上」のもの

勝ち星には恵まれなかったが、その騎乗姿勢と人柄が評価された2ヶ月間。マイケル・ディー騎手は、上位人気でなくとも勝負に持ち込む技術と、馬を第一に考える姿勢で日本に爪痕を残した。

日本中央競馬会(JRA)での短期免許が残り2週間となったマイケル・ディー騎手は、数字上は目立った成績を残せていない。だが、この29歳のニュージーランド人が見せた馬への理解と手綱さばきは、日本の競馬ファンの間に確かな印象を残しつつある。

来日してからの騎乗数は102鞍。その中で勝利数はわずか4勝、勝率は3.9%にとどまるが、3着以内率は16.5%とまずまずの成績だ。また、全騎乗のうち1番人気馬に騎乗したのはわずか4頭。そのうち2頭で勝ち星を挙げており、与えられたチャンスに対して着実に結果を出している。

ディー騎手はIdol Horseに対し、「自分にできることは、どの馬にもベストを尽くすことだけです。それ以上のことはないと思っています。勝ち星がついてくるならそれで良いですし、ついてこなければそれも仕方ない」と語る。

勝ち鞍以上に評価されたのは、馬との向き合い方だった。ディー騎手は、その繊細な騎乗と馬への気配りで、日本の競馬ファンから高い称賛を受けている。

ディー騎手の日本初騎乗は、今年4月26日、東京競馬場の第1レース。騎乗馬は単勝22.2倍の伏兵、リュクスビスケッツだった。デビュー4戦目の3歳牝馬は、レース中盤で後方に下がり始め、4コーナー付近でディー騎手が止めようとした際に落馬し、競走を中止した。

ディー騎手にとって、それは『ここから這い上がるしかない』とも言えるスタートとなった。そして実際、その後も大きな注目や喝采があったわけではないが、着実に前進を重ねていった。

日本での初めての騎乗経験は、表立った結果にはつながらなかったものの、確かな手応えを残すものだった。レースでの立ち回りや、騎手として馬を正しい位置に導く力、そして馬を理解する直感と繊細さ。そうした点が評価され、彼への敬意が少しずつ広がっていった。

そうした中で、ディー騎手の評価を決定づけたのが、6月1日のG2・目黒記念だった。騎乗馬は、白毛の人気馬ハヤヤッコ(9歳)。しかしレース中に左前脚の腱に部分断裂が生じたことを察知し、ディー騎手は即座に馬を止めた。

この判断と対応は、獣医師であり競馬記者でもある若原隆宏氏からも称賛され、中日スポーツ紙のコラムで取り上げられた。

「一連のディーの御方は、完全な腱断裂に至るのを防ぎ、同馬の命を救うファインプレーだった。今回の来日で彼が何勝しようとも、これが最も価値ある仕事にひとつとして記憶されるべきだと思う」

若原氏はそう綴っている。

Jockey Mick Dee riding Hayayakko
MICK DEE, HAYAYAKKO / G2 Meguro Kinen // Tokyo Racecourse /// 2025 //// Photo by @dkhorse_1412
Jockey Mick Dee riding Hayayakko
MICK DEE, HAYAYAKKO / G2 Meguro Kinen // Tokyo Racecourse /// 2025 //// Photo by @JunKeiba3F

ハヤヤッコはこのレースを最後に引退し、ノーザンファーム天栄に出発した。人気馬の引退に際し、担当厩務員にはファンから手紙やお守りが多数届けられた。国枝栄調教師も、馬の脚が守られたことに「無事に引退生活を送れるのはありがたい」と語っている。

一方で、ディー騎手自身はその行動をあくまで当然のこととして受け止め、Idol Horseに当時の心境を語った。

「音が聞こえた瞬間、かなりひどい腱の損傷だと分かりました。その時点で馬が故障したと確信して、できる限り早く止めるのが自分の役割でした。それはもう、反射的に体が動くんです」

今春はいくつかのG1レースにも騎乗した。G1・NHKマイルカップでは単勝73.7倍の大穴、チェルビアットを3着に導き、優駿牝馬は8着、安田記念では15着だった。まだ大きな勝利には届いていないが、競馬場での振る舞いや日本との交流の中で、着実に信頼を得ている。

「勝ち星以上に、人とつながりを持ち、親しみやすく振る舞うことが大事だと思っています」

「もちろん、もっと勝ちたかったですし、勝ち星が増えれば嬉しかったですが、この経験は自分にとって大きな財産になりました。質の高いG1レースや、観客の熱気を間近に感じられたのは本当に良かったです」

日本の競馬については「何も知らなかった」と率直に振り返るディー騎手。だが、2ヶ月の滞在で得た知見は、今後のキャリアにもつながっていくはずだと語る。

「レースの映像は見ていましたが、実際に馬場に立ち、日本で生活してみると全く違いました。香港と似ているイメージがありましたが、来てみるとまったく違いました」

「調教スタイルも違いますし、馬もたくさん調教を積んでいて、すごく丁寧に管理されています。調教師の馬房数が28頭に制限されているので、厩舎の中が混乱しておらず、それも日本競馬の特色だと感じました」

そんな彼を支えたのが「命の恩人」と呼ぶ通訳の安藤裕氏。矢作芳人厩舎との関係でも知られる通訳のサポートが、言葉の壁を乗り越える上で不可欠だった。

「短い期間でしたが、本当にたくさんのことを学びました。いろんな人と出会い、いい馬にも乗せてもらえました。日本は、どの騎手にとってもトップ3に入る憧れの地だと思います」

東京の北東に位置する美浦トレーニングセンター(もう一つのトレーニングセンターは京都に近い栗東にある)。JRAの2大拠点のひとつであり、関東の競走馬育成の中心地だ。ディー騎手にとっては、あらゆる意味で未知の世界だった。

「初めての調教の朝、正直、信じられなかったんです」

「厩舎から最初の馬に乗って歩き出したら、みんなで一斉に出て行く。馬場に出る前の輪乗りスペースには50頭、100頭と馬が集まり、馬場に出るゲートが開く前にはもう500頭近くいるように見えた。他の国だったら、馬同士が蹴り合って怪我する状況です。でも日本では、みんながルーティンに慣れています。乗り役たちも1時間近く馬の上に乗ってじっくり調教します。驚きました」

さらに、ウッドチップで覆われた坂路や本馬場も、彼にとっては初めての体験だった。

「ウッドチップでの調教はまったく経験がありませんでした。深くて馬にはきついですが、脚には優しい。毎日この馬場で調教しているので、脚元の負担が少なくて、丈夫なまま仕上がってくるのでしょうね。芝やポリトラック、ダートとはまったく違います」

今では美浦の朝の風景にもすっかり馴染んだ。そして短期免許の締めくくりには、夏のグランプリ・G1宝塚記念という大きな舞台が控えている。騎乗するのは杉山晴紀厩舎の実力馬、ジャスティンパレスだ。

2023年の天皇賞・春を制し、同年の宝塚記念でも3着に入った実力馬だが、今年は年齢や近走成績から人気薄での出走となる見込み。それでも、ディー騎手がこの6歳馬を上位争いに持ち込んだとしても不思議ではないだろう。

「先週水曜日に追い切りに乗ったんですが、いい動きでした。でも聞くところによると、レースと調教では全然違うタイプらしいんです。普段は引っ張るくらい元気なんですけど、レースでは手応えがない。それで今回はブリンカーを着けることになったそうです」

「課題はスタート。ゲートで遅れる癖があるので、良い枠順から五分のスタートで出られればチャンスはあると思います。力はある馬ですし、うまく運ぶことができれば好勝負になるでしょう」

ここまで日本で静かに爪痕を残してきたディー騎手。実力、気質、そして対応力。日本競馬に必要な資質はすでに十分に示している。再びJRAの短期免許を取得して来日する機会があれば、与えられるチャンスはより大きなものになるかもしれない。

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍していた。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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