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そもそも、現代のオーストラリア競馬において『バトラー』とは何を指すのだろうか?

オーストラリア以外の読者のために説明すると、バトラーとは富裕層や権力者に有利なシステムに対して逆境に立ち向かう弱者、特に努力して下剋上を目指す者を指す俗語だ。

今となっては、ジョー・プライド調教師が土曜日のランドウィックで500万豪ドル(約340万米ドル)のレースを勝利した後に『弱者』の立場を主張しているのは奇妙に思えるかもしれない。しかし、彼の厩舎には”わずか”48頭の馬しかいないことがその理由だ。

30年前のオーストラリア競馬ではこれはそれなりの頭数だったが、今ではシステムに対して意地を見せる小さな厩舎に過ぎない。

「父と母が経営する角の小さな商店が、大手スーパーを打ち負かした」と、プライド調教師はG1・キングチャールズ3世ステークスでの勝利の後に語った。

プライドが言及しているのは、現在のオーストラリア競馬で500頭以上の馬を管理する2つの最大手厩舎、つまりジエベレストとコーフィールドカップを土曜日に制したキアロン・マー厩舎と、クリス・ウォーラー厩舎のことだ。

それに加えて『小さめ』とされる厩舎でも300頭近くを管理するものがある。例えば、ガイ・ウォーターハウス & エイドリアン・ボット厩舎、アナベル・ニーシャム厩舎、そしてベン、ウィル、JDのヘイズ三兄弟が率いるリンジーパークレーシングだ。

オーストラリア競馬の巨額な賞金が引き起こした副作用は、これらの大手厩舎同士による1歳馬セールでの購入競争から始まり、同じ厩舎の馬で埋め尽くされたレースを作り上げ、競馬業界内でも多くの懸念を生じさせている。

「最近の競馬は大手厩舎が支配しているが、そんな中で我々の中規模厩舎が大舞台で競えることを非常に誇りに思う」とプライドは語っている。

CEOLWULF, CHAD SCHOFIELD / G1 King Charles III Stakes // Randwick /// 2024 //// Photo by Jeremy Ng

オーストラリア競馬では、数々の『バトラー』たちが輝かしい歴史を刻んできた。他のどの国と比べても、安価に購入された馬が小規模な馬主や調教師によって育成され、何百万ドルもの賞金を稼ぎ出す物語が多く存在する。

最近の例では、タクシードライバーで調教師のジョー・ジャニアックが1,750豪ドルで購入したテイクオーバーターゲットが、2004年から2009年までの間に600万豪ドルを獲得したことが有名だ。

しかし、オーストラリア競馬の賞金革命により、土曜日のジエベレストで優勝したベッラニポティーナが獲得した700万豪ドルは、テイクオーバーターゲットが41戦で得た賞金を超える額となっている。テイクオーバーターゲットはオーストラリア本土の州都すべてで勝利を収め、さらに日本やシンガポール、イギリスでもその実力を示していたのだが。

G1・キングチャールズ3世ステークスでのチェオルウルフの勝利後、プライドはIdol Horseのインタビューに対して、「スーパーステーブル(巨大厩舎)のやり方は好きではないが、我々がそれに対抗できる機会を得るのはいいことだ」と語っている。

「一般の馬主や競馬ファンは、ウォーラーやマーを見て『彼らは最高の調教師だ』と思うだろうが、本当にそうなのだろうか? それとも単に馬の数が一番多いだけなのか?彼らが素晴らしい調教師であることに異論はないが、我々もまた素晴らしい仕事をやれるんです」

オーストラリアが、香港や日本のように厩舎数に制限を設ける競馬システムを採用するのは、既に遅すぎるか、非常に困難なことであろう。それでも、プライドのような中小規模の厩舎が、支配的な大手厩舎に飲み込まれてしまうのであれば残念なことだ。

とはいえ、中規模の厩舎が完全に不利というわけではない。チェオルウルフに騎乗したチャド・スコフィールド騎手は、プライドが馬に対する驚くべき洞察力と緻密さを持っていることを称賛している。

「プライド調教師は本当にすごいです。彼は厩舎にいる48頭の馬のうち10頭を、今日シドニー最大のレースの日に出走させました。それだけ彼の調教が正確で緻密だという証拠です。彼の厩舎は小規模であるものの、馬に関して話すことについての洞察力、彼の馬たちは準備ごとに確実に成長し、その競馬寿命は驚くべきものがあります」

プライドの下で、チェオルウルフはこれから何年間も、トップクラスのレースで活躍できる可能性がある。プライドが香港で12回リーディングトレーナーとなったジョン・サイズ調教師の元で修行したことは興味深い。サイズもまた、厩舎に70頭の上限を設けた香港での細部へのこだわりと一貫性で知られている。

一方、メルボルンでは、29歳の誕生日を迎えたハリー・コフィー騎手も、コーフィールドカップでのデュークデセッサで先行から勝利し、彼自身が『バトラー』であることを強調していた。

Harry Coffey wins the G1 Caulfield Cup
HARRY COFFEY / G1 Caulfield Cup // Caulfield /// 2024 //// Photo by Reg Ryan

コフィーは、嚢胞性線維症という病と闘いながら、競馬ファンに愛される存在だ。彼の控えめな性格と勝利後のコメントも、その人柄を物語っている。

「こんなことは、僕みたいな人間には普通は起こらないんです。自分は『バトラー』だと思われているんです。人々は僕のことをバトラーとか、田舎者だって笑うんですよ」

今では誰もハリー・コフィーの実力を笑う者はいないだろう。コーフィールドカップは彼にとってキャリア3度目のG1勝利だが、このような注目度の高いレースでの勝利は、彼の評価を一変させるターニングポイントとなったかもしれない。トップジョッキーのダミアン・レーンも、共にディーン・ホークスがエージェントである”同僚”のコフィーについて、単なる『心温まる物語』以上の存在だと語る。

「彼は非常に優れたジョッキーであり、馬に対する理解が卓越している。馬を扱う腕は本物です」と、レーンはIdol Horseに語った。

オーストラリアは他国に比べ、謙虚なスターを好む文化が根付いているが、勝利でも敗北でも尊厳をもって受け入れる姿勢は非常に尊敬される資質だ。ファンのお気に入りとなっているプライドオブジェニの逃げのレーススタイルもそうだが、彼女のオーナー、トニー・オットブレの発言は、最近の競馬ファンにとってはやや受け入れがたいものとなっている。

土曜日、オットブレは、G1・キングチャールズ3世ステークスでアダム・ヒエロニマス騎手がメジャービールに乗り、スタート直後に外側にラインを取り続けたことについて戦術を批判した。

オットブレは「不適切な騎乗」とまで非難したが、裁決委員はヒエロニマスに対し義務として事情聴取を行ったものの、すぐに彼の無実を認めた。

実はオットブレの態度がファンの注目を集めたのはこれが初めてではない。過去12ヶ月の間に、彼は騎手に対して公式競馬メディアに対しての発言を禁じたり、X(Twitter)にアカウントを開設してファンと激しいやり取りを繰り返したが、最終的にアカウントは削除された。

一方、ジ・エベレストを制したクレイグ・ウィリアムズ騎手からは、少し見習うべきところがあるかもしれない。ウィリアムズは2022年のジエベレストをギガキックで制したが、昨年のG2・マクエウェンステークスで敗れた際、公然と批判され、以降乗り替わりとなった。

土曜日、クレイグ・ウィリアムズはベッラニポティーナに騎乗し、ギガキックをハナ差で下して勝利を収めた。この勝利で、彼にとっては公に『復讐』を果たす機会だったかもしれない。しかし、ウィリアムズはそんな場面でも謙虚さを見せた。

Bella Nipotina and Craig Wiliams
CRAIG WILLIAMS, BELLA NIPOTINA / G1 The Everest // Randwick /// 2024 //// Photo by David Gray

「ギガキックを降板させられたのは、正直言っていい経験ではなかった。自分が信じていた馬でどれほど優れているか分かっていたし、その成長に関われたことを楽しんでいたからね」と、ウィリアムズはIdol Horseの取材に対して明かす。

「でも、結局のところ自分はその一部でしかない。ベッラニポティーナが勝ったのも、大きな中の一部分として自分が役割を果たしたにすぎない」

ウィリアムズはしばしば批判の的になる。トップジョッキーの中でも、何かがうまくいかなかった時に彼ほど非難を浴びる者は少ないだろう。では、『バトラー』とは何だろうか?もしかしたら、それは悪いことではないのかもしれない。ウィリアムズの庶民的な雰囲気には、確かにバトラーの要素が感じられるが、彼はこれまでにG1を79勝し、今やジエベレストを2度制覇している。

それでは、キアロン・マーの話はどうだろう?彼の物語もまた『バトラー』そのものだ。ビクトリア州の田舎町ウィンスローにある父親の酪農場で、6頭の厩舎からキャリアをスタートさせた彼の成功物語だ。

現在、マーの厩舎は企業構造を持ち、CEOやマーケティング部門まで抱える大規模な組織となっている。しかし、その成功が彼の調教師としての才能に影を落とすわけではない。マーほどの成功を収め、さらにその多才さを兼ね備えた調教師は歴史上少ない。彼は地元ワーナンブールで障害レースを勝ち、そして土曜日にはわずか1時間の間にジエベレストとコーフィールドカップの両方を制した。

もしかすると、バトラーであること、あるいはかつてバトラーだったことは、結局大した問題ではないのかもしれない。

マイケル・コックス、Idol Horseの編集長。オーストラリアのニューカッスルやハンターバレー地域でハーネスレース(繋駕速歩競走)に携わる一家に生まれ、競馬記者として19年以上の活動経験を持っている。香港競馬の取材に定評があり、これまで寄稿したメディアにはサウス・チャイナ・モーニング・ポスト、ジ・エイジ、ヘラルド・サン、AAP通信、アジアン・レーシング・レポート、イラワラ・マーキュリーなどが含まれる。

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