シドニーの競馬場の片隅、10年後にこの場所がまだ存在しているか誰も確信を持てないような一角に、世界最高レーティングの競走馬が、世間の喧騒など意に介さず悠々と周回している。
仮設フェンスの向こうでは、女優のマーゴット・ロビーがレッドカーペットを歩くときのように、カメラが彼の一挙手一投足を追っている。24時間にわたってオーストラリア競馬界がかつてないほどの混乱に包まれ、前売り市場では理由も分からぬまま大金が動き、その渦中で彼の姿を捉えようと、カメラマンたちは金網越しに群がっていた。
「息をしているのか?」もちろんだ。
「脚は4本あるのか?」もちろんだ。
「ちゃんと動いているのか?」まったく問題ない。
この10分間、愛馬が歩き続けている楕円形の通路の中央で、デヴィッド・ヘイズ調教師は報道陣に向かい、口の端を上げて茶目っ気たっぷりに声を張った。
「カーインライジングはまだ生きているよ」とヘイズは笑った。
古い言い回しを借りれば、カーインライジングの“異変”に関する報道は大いに誇張されていた。
では、いったい何がこの騒動を引き起こしたのか。総賞金2,000万豪ドルを誇る世界最高額の芝レース・G1・ジ・エベレストを前に、カーインライジングの健康状態をめぐる噂が飛び交い、SNSが“炎上”どころかパンク寸前となり、前売り市場が一時停止に追い込まれたその日曜の狂乱の原因とは?
ヘイズはその謎を解こうとした。
彼の調べによれば、週末にメルボルンのメディア関係者の「X(旧Twitter)」アカウントがハッキングされ、カーインライジングに異変があったと示唆する投稿が流れたらしい。
その後、この香港チャンピオンに異常がないかと、息子のJDから昼時に電話がかかってきた。
「日曜の朝、調教を終えて妻のプルーに『これ以上ないくらい良い状態だ』と話していたんです」とヘイズは語る。「だから午後にあの投稿を見て、本当に驚きました。
最初は笑っていたんですが、3時間も続くとさすがに腹が立ちました。電話は6時間鳴りっぱなしでした。でもドナルド・トランプの言葉を借りるなら、“フェイクニュース”ですよ。馬にはまったく何の問題もありませんでした」

しかし、オーストラリアの前売り市場はまるで違う反応を見せていた。
英国のベットフェアでは、カーインライジングのオッズは3倍近くまで上昇。オーストラリア最大手のタブコープが1週間前から1.5倍で固定していた中で、レース6日前のこの変動は異常だった。現在は1.75倍まで落ち着いている。
ヘイズの携帯が鳴り止まない中、シドニーの裁決委員も馬の健康状態を確認するために電話をかけてきたという。オッズが一方的に動く状況に、彼らも首をかしげていた。
月曜の朝、カーインライジングは海外での初レースとなるジ・エベレストを前に、最終追い切りを行った。その走りで、彼は噂を完全に払拭した。
レーシングNSWのスティーヴ・レイルトン上級裁決委員が立ち会い、馬は獣医の検査も受けた。これはもともとルーティンの一環であり、ビッグレース前の注目馬にはごく一般的な対応である。
カンタベリー競馬場は現在、G1・キングチャールズステークスに向かうレイクフォレストや、ゴールデンイーグルを目指す日本馬パンジャタワーなど海外勢の拠点として使用されており、通常開催は停止中だ。
繋ぎ馬房の裏手にある芝地の一角が柵で囲われ、カーインライジングのような遠征馬が散歩をしたり、草を食んだりできるようになっている。検疫厩舎とスタンドの裏には広大な空き地が広がり、ちょうど彼の調教直後、地元の子どもたちがゴルフの練習をしていた。香港のヒーローを巡る騒動など、彼らにはまるで関係のない出来事のようだった。
しかし、カーインライジングが本来の輝きを放ち、X(旧Twitter)に現実を突きつける場は、カンタベリー競馬場のコースだった。実際、その通りになった。
ヘイズ師は無理に追わず、スターを信じて送り出すと、馬は軽快な動きでスムーズに駆け抜けた。ラスト600mは38秒、最後の1ハロン(約200m)は12秒だった。
What concerns? 🤔
— Idol Horse (@idolhorsedotcom) October 12, 2025
Ka Ying Rising looking a picture of health in his gallop at Canterbury Racecourse this morning ahead of Saturday’s The Everest 🏔️
🎥 @app85 pic.twitter.com/ye7uCtGMB6
決定的だったのは、先週の賛否を呼んだ試走の前ほど神経質ではなく、周囲の音を遮るイヤーマフを着けて行われたこの調教のあと、素早く呼吸が整っていたことだ。
「トライアルの内容は10点中7点と評価しました。あの日、彼はランドウィック競馬場を初めて見たんです」とヘイズは説明する。「コースの真ん中で周りを見渡し、まるで星空を眺めるようにしていました。もし今日もう一度行けば、間違いなく飛ぶように走るでしょう」
「週末にコンディションが整えば、コースレコードを揺るがすと思います。回復も完璧で、彼はまさに戦う準備ができています」
普段は体重をあまり重視しないヘイズだが、今回は少し違う。シドニー滞在中は、この数値にも注意を払っているという。
レース当日には、先週の試走時よりも約10ポンド(約4.5キロ)減っていると見込んでおり、それが理想的な仕上がりと考えている。あの試走でオーストラリアのファンがこぞって賭けたわけではなかったが、それは彼らの見誤りとなるかもしれない。
ただし本当の懸念は、ジ・エベレスト本番を前にした環境にある。ロイヤルランドウィック競馬場は満員となり、約5万人の観衆が生み出す熱気は相当なものになるだろう。
無観客に近い試走でさえ、カーインライジングは落ち着かず、コース入り前から後肢の間に汗が浮かんでいた。
「あの試走は本当にいい経験になりました」とヘイズは語る。「ジ・エベレスト当日は、できるだけ人前に出さないようにします。彼は装鞍所の雰囲気に慣れていませんから」
「(オーストラリアンターフクラブは)もし彼が少し神経質になった場合、裏手の静かなスペースに移すことを認めてくれています。ウィンクスもかつてそうしていたと聞いています。ランドウィックには、彼を落ち着かせるための穏やかな場所があり、余計な興奮や怪我の心配もありません」
必要とあれば、彼は何周でも歩くだろう。関係者たちは、できるだけカメラから離れた場所で行われることを願っている。
2025年、馬の健康に関する「真実」は、たやすくSNSのナンセンスに埋もれてしまう。だが土曜日、答えは最も古典的な方法で明らかになるだろう。たった一頭の馬、ひとつのゴールライン、そしてジ・エベレストの勝者という形で。