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日曜日のG1・愛ダービーに、グリーンインパクトを送り出すジェシカ・ハリントン調教師。不利な状況であることを十分に理解しているが、それはエプソムのG1・英ダービーを制したランボーンとの対決に自信がないからではない。

カラ競馬場を代表する伝統の一戦を支配し続ける競馬界の巨人、エイダン・オブライエン調教師という存在が前に立ちはだかっているからだ。

オブライエンはバリードイル調教場から5頭を送り込み、全10頭立ての中で半数を占める布陣を敷いている。なお、チャーリー・ジョンストン厩舎のダービー2着馬レイジーグリフは、より馬場状態の良いフランスのG1・パリ大賞典に向かう可能性もあり、出走馬は9頭に減る可能性もある。


オブライエンがこの2400mのクラシックを初めて制したのは1997年のデザートキング。その前年に初出走し3着・5着に敗れてから、わずか1年での戴冠だった。それ以来、このレースを16勝。すべてクールモアの馬たちと勝ち取ったものだ。

当時、彼は若き新鋭だったが、今や圧倒的な存在のベテラン名伯楽。並外れたことを当たり前にした男だ。

バリードイル勢は今世紀に入ってから、この舞台を文字通り制圧してきた。2001年と2002年にはガリレオとハイシャパラルで連覇、2006年から2012年にかけては驚異の7連覇。昨年のロスアンゼルス、そして一昨年のオーギュストロダンで再び連勝街道に乗っており、今年は3連覇が懸かる。

「私は『挑戦者』の立場で臨むのが大好きなんです。できる限りのことはします」とハリントン調教師は語る。困難な道のりを前にしても、決して気後れはない。

グリーンインパクトは、前走リステッドのグレンケアンステークスを勝利。5月初旬のG1・英2000ギニーでは馬場が硬く、さらに蹄鉄を落とすアクシデントもあり6着に敗れたが、その後フランスのG1・ジョッケクルブ賞(仏ダービー)への挑戦は見送り、この一戦に照準を定めてきた。

「これはずっと計画していたローテーションです。グレンケアンSを経てこのレースに向かうことにして、本当に満足しています」とハリントン調教師はIdol Horseに語っている。

一方、オブライエン陣営の顔ぶれは例年通りの層の厚さだ。主役のランボーンを筆頭に、リングフィールド競馬場のダービートライアルを勝ったパペットマスター、チェスターヴァーズではランボーンに大きく離されるも、その後G3勝ちを収めたスライス。キングジョージ5世ハンデで2着に入ったシリアスコンテンダーや、先行力を武器とするG3・クイーンズヴァーズ4着馬のシャックルトンが出走を予定している。

オブライエン厩舎の逃げ馬は、1999年にアーバンオーシャンが愛ダービーでペースを作って以来、このレースでよく見られる存在となっている。もっとも、その年はクールモア所有ながらフランスで調教されていたモンジューが、直線で一気に差し切って勝利を収めた。

バリードイルの馬がペースメーカーとなり、そこから別の僚馬が勝利を収めた最初の例は2002年だ。ショロコフが直線まで先導し、バリンガリーが代わって主導権を握ると、最後はハイシャパラルが差し切って勝利をもぎ取った。この年を皮切りに、オブライエン厩舎はアイリッシュダービーで計8回の1~3着独占を成し遂げている。

翌2003年はハイカントリーが大逃げを打ち、バリードイルの同厩ハンデルが交代して先頭を引き継いだが、結局はアガ・カーン殿下のアラムシャーが勝利を収めた。

それでも、オブライエン厩舎の逃げ馬戦略はこのレースで幾度となく採用され、結果としてこれまでの16勝のうち12勝が自厩舎の逃げ馬によって導かれている。2019年にはソヴリンが単騎逃げ切りで33倍の大穴を開け、1番人気アンソニーヴァンダイクを封じ込めたことも記憶に新しい。当時は8頭立てでのレースだった。

だが、ハリントン調教師は、そうしたバリードイルの多頭出し戦術を特に意識してはいない。彼女は戦法の細かな指示よりも、鞍上のシェーン・フォーリー騎手に託すスタイルを貫く。

「シェーンには、自分で感じた通りに乗ってほしいんです」とハリントン調教師。

「事前に細かくプランを立てすぎるのは逆効果ですからね。流れを見て判断する、それが私のやり方です。『ここでは先頭に立って』『ここで2番手にいろ』なんて言っても、レースがどう流れるかなんて誰にもわからないでしょう?」

グリーンインパクトは前走グレンケアンSで逃げ切り勝ちを収めたが、実はこれは “本意” ではなかった。今回はバリードイル勢の先行馬とやり合う可能性は低いと見られている。

「この馬は本当に落ち着きがあって、素晴らしい気性なんです。先頭に立つとソラを使うタイプで、前走は他に行く馬がいなかったため、仕方なく自分でペースを作る形になりましたが、合っているとは言えませんでした。本当はもっとスタミナを問う形にしたかったのですが、他に行く馬がいなかったので、こちらから仕掛けたというだけです」

「正直言って、かなりのんびり屋です。でも誰かが隣に来ると……そこから一変します。あのレースでも、2頭が並びかけてきたんですが、両方振り切って最後は突き放しました。私はその内容に満足しています」

今レースには、香港のオーナー、マーク・チャン氏が2頭を送り込んでいる。一頭目はハリントン厩舎のグリーンインパクト、もうひとつは英国から遠征してくるラルフ・ベケット厩舎のサーディナダンだ。

ベケット厩舎はさらに、G2・ダンテステークスを勝ったプライドオブアラスも出走させるが、ダービーではエプソムの特殊なコース形状に苦しんで見せ場なし。ダンテSの勝ち馬という肩書きも、今では評価を下げつつある。ロイヤルアスコットでもダンテS組の敗退は続いた。

バリードイル以外で注目されるもう1頭は、愛ダービーを騎手として2度、調教師として1度勝利し、現在は調教師として父エイダンの後を追うジョセフ・オブライエン厩舎のテネシースタッドだ。英ダービー3着馬として、再び上位進出を狙う。

しかし、グリーンインパクトはマーク・チャン氏にとって特別な存在でもある。なにしろ、彼が生産者として初めて生産したのがこの馬。クールモアが手放したガリレオ牝馬を購入し、すでに受胎していた仔がこのグリーンインパクトなのだ。

そしてこの馬は、かつてオブライエン厩舎の有力馬をも打ち負かした実績を持つ。昨年は、当時から高い評価を受けていたドラクロワを2度破っており、その2戦目はG2・チャンピオンズジュベナイルステークスでの快勝だった。

それでも、春のクラシック戦線ではグリーンインパクトの名は “忘れられた存在” となっている。ドラクロワがトライアルを連勝し、エプソムのダービーでも1番人気に支持されたが期待を裏切ったからだ。

「確かにそう思います。でも、気にしていません」とハリントン調教師は笑った。

「私は忘れられているくらい方が好きなんです」

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍していた。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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