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ホー、サナ、木村和士、パートン…怪我と戦う世界の騎手たち、復帰への闘い

トップジョッキーのヴィンセント・ホー、ザック・パートン、木村和士、アルベルト・サナが、それぞれの負傷と長期離脱の現実、そして復帰への道のりについて語る。

ホー、サナ、木村和士、パートン…怪我と戦う世界の騎手たち、復帰への闘い

トップジョッキーのヴィンセント・ホー、ザック・パートン、木村和士、アルベルト・サナが、それぞれの負傷と長期離脱の現実、そして復帰への道のりについて語る。

ヴィンセント・ホー騎手は今、復帰に向けての険しい道のりを歩んでいる。ウォーキングマシンで脚と肺のトレーニングをしながら、Idol Horseの取材に応じてくれた。

「良い日もあれば、そうでない日もあります」と彼は語る。首の骨折に加え、脳の損傷まで負ったホーにとって、復帰までの道は過酷で長いものになる可能性があることを覚悟している。

「復帰がいつになるかはまだ分かりません。すべての症状が消えるまで待つ必要があります。現時点では何とも言えません」

今回のケガに対して「時間がかかる」というホーの姿勢は、彼自身にとっても、ほとんどの騎手にとっても異例のものだ。通常であれば「どれだけ早く復帰できるか?」という考えが先に立つ。しかし、今回の症状は決して軽視できるものではない。

激しい衝撃により、脳挫傷と脳出血を引き起こし、さらに首の3か所を骨折。それに加えて『頻発するめまい』『頭痛』さらには『音や光への過敏反応』といった症状があり、画面を長時間見ることやポッドキャストを聴くことも避けているという。

香港を拠点とする騎手仲間のザック・パートンは、ホーと同じ2月9日の落馬(別のレース)で負傷し、以降戦線を離脱していたが、最近、ユニオン病院で手術を受けて骨折した足のピンを取り除いたばかりだ。海の向こうのカリフォルニアでは、木村和士騎手が足の骨折の後、8週間の治療とリハビリを経て調教騎乗への復帰準備を進めている。

そして中東では、カタールを拠点とするアルベルト・サナ騎手が、肋骨4本と肩甲骨の骨折、さらには気胸を負った落馬による痛みをまだ引きずっている。

「これも競馬の一部です」とサナは言う。「すべての出来事にはワケがある」とは木村のモットーだ。「とにかく前向きでいることが大切です」とホーは語る。どれも重要な考え方ではあるが、それでも競馬の持つ高い危険性を完全に覆い隠すことはできない。

パートン、ホー、木村、サナは、現在負傷により戦列を離れている世界中の騎手のうちのごく一部に過ぎない。彼らがどのように回復し、どれほど早く復帰を目指すのか、そしてレース騎乗から離れている間に何をするのかは、それぞれの負傷の種類や、それによる制約、さらには個々の生活環境にも左右される。

Jockey Vincent Ho at Goodwood
VINCENT HO / Goodwood // July 30, 2024 /// Photo by Alan Crowhurst

ホー騎手の度重なる不運

ホーは現在34歳。昨年引退した香港の名馬、ゴールデンシックスティの主戦騎手として知られる彼は、シャティンでの落馬以来、回復に専念している。それは彼にとって決して珍しいことではない。これまでも落馬事故に見舞われ、この18ヶ月の間に3度目となる長期離脱を余儀なくされた。最初の落馬は2023年7月29日の新潟、2度目は2024年1月24日のシャティン。いずれも脊椎を骨折し、さらに気胸(肺から漏れた空気が胸腔内に閉じ込められる症状)や指の骨折まで経験している。

現在の負傷は極めて深刻なものであり、ホーは日々の理学療法やトレーニングの種類や負荷について、特に気を配っている。彼を支えるのは、パーソナルトレーナー、スポーツ心理学の専門家、そしてスイス・ジュネーブにあるオリンピック水準のスポーツ医学施設の遠隔チームだ。この施設は、彼が日本で落馬した後にも訪れた場所であり、リハビリのための重要な拠点となっている。

「彼らは適切なスポーツドクター、理学療法士のチーム、スポーツ心理学者、栄養士までそろえています。病院に入院して5日目にはすでにZoomで連絡をくれました」と、ホーは自身の今回の落馬について語る。

もっとも、最初の4日間はほとんど意識不明だったため情報は得られていなかったことだろう。「最初の4日間は何も覚えていません。それから少しずつ記憶が戻ってきました。事故の後の4日間に何があったのか、まったく分かりません」と明かす。

「病院では1日に2回、理学療法のセッションを受けていました。ほとんどは筋肉の緊張をほぐすためのもので、体が痛かったですね。それから、軽い抵抗バンドを使ったトレーニングをしましたが、大したことはしていません。時間の感覚もなかったし、脳の損傷で常に疲れを感じていたので、ほとんど昼寝をしていました。食事や水分補給、理学療法の時間だけ起きて、また寝る。それの繰り返しでした」

彼は「脊椎の3か所の骨折なんて大したことはない」と、騎手らしい考え方を強調する。問題は脳の損傷であり、それが復帰を今後少なくとも4か月以上遅らせる要因になっているとみている。しかし、その期間についてもまだ確定的ではない。

「この前、自分の最大心拍数を試してみたんですが、気分が悪くなりました。だから、今はそれよりも10拍低い範囲でトレーニングを続けています。時間を少し長めにして、有酸素運動を増やし、その後に軽い筋力トレーニングを加える感じですね」と説明する。

「骨折なら、普通は6~8週間で治るものですが、脳はそれより時間がかかります。特に12月半ばにも馬が故障して落馬していて、そのときも脳震盪を起こしましたから」

その落馬は12月18日のことだった。そして12月30日には、香港ジョッキークラブの主任医療官から1月1日付で騎乗許可を得ていた。

「短期間に2度の脳震盪を起こすのはよくないですね」と続ける。「だからこそ慎重にならないといけません。復帰する前に、しっかりとした検査を受けて問題がないことを確認する必要があります」

その検査はスイスで受ける予定だという。「体調がもう少し回復したら行うつもりです。すでにいくつかのガイドラインが与えられていて、コーチと相談しながら進めています。どこまで心拍数を上げていいのか、脳を回復させるためのトレーニングは何ができるのか、記憶力を鍛えるゲームのようなものまで含めて、あらゆる方法でリハビリを進めます」

彼は、自分の感情に変化があることを感じており、家族も同じように気づいているという。しかし、家族が支えてくれることに対してとても感謝しており、特に車の運転のような日常的なことを手伝ってくれることに助けられている。速い車を愛する彼にとって、自分で運転できないのはもどかしいが、今はまだそれが叶わない状況だ。

「今、自分の心を鍛え直しているところです。こうした落馬を経験したことはありますが、やはり良いものではありません。回復の進み方もほとんどの場合、1歩前進して2歩後退という感じです。日によって症状が違うこともあります」

ホーと違い、パートン、木村、サナの怪我はほぼ骨折のみで、彼らはそれほど深刻な状況にはない。「もし骨折だけなら、まだ我慢して続けられたかもしれません。痛みはありますが、骨折が徐々に治ることは分かっていますから」とホーは言う。

復帰に前向きなサナ騎手

落馬から5日後、39歳のサナはIdol Horseの取材に対し、すでに動きたくてたまらないと語った。しかし、肋骨の骨折がそれを妨げている。

「まだ肋骨の痛みがあるので、6時間ごとにパナドール(鎮痛剤)を飲んでいます。でも、実は今日、サイクリングに行こうかと考えていたんです」と話し、カタールのオリンピックトラックへ行くことを考えていることを明かした。そこは直線で、何よりも路面が非常に滑らかで凹凸がないため、負担が少ないという。

Alberto Sanna and Douglas Whyte celebrate a Sha Tin win
ALBERTO SANNA, DOUGLAS WHYTE / Sha Tin // 2019 /// Photo by Lo Chun Kit

サナが落馬したのは、6勝を挙げる快挙を達成し、カタールのリーディング争いでトップに立っていた時期だった。それまで5年間、大きな怪我とは無縁だったが、かつて香港でのシーズン中に自転車で転倒し股関節を痛め、その後復帰したもののすぐに足首を骨折するという苦い経験もある。どちらの怪我からも驚異的なスピードで復帰したが、今回は当時のような無理はしないと決めている。

「医師の診断では、肋骨やその他の箇所の回復には2週間の休養が必要だと言われました。ラマダンの後に10日から12日間のレース中断期間があるので、それはちょうどいいですね。すぐに復帰してまた最高の状態に戻せるはずです。今は減量に苦しむこともなく、香港時代のように過度なトレーニングもしないようにしています。香港での経験から、多くのことを学びましたから」と語った。

木村騎手は復帰を見据える

木村もまた、一刻も早く復帰したいという思いと、しっかりと治療する必要性とのバランスを慎重に考えている。彼が負った脛骨と腓骨の骨折は、1月16日にサンタアニタ競馬場でこれがデビュー戦の馬に乗った際、その馬がゲート内でひっくり返った影響によるものだった。

「馬の尻とゲートの後部に足が挟まれ、その後地面に足をついた瞬間に『違和感のある鋭い痛み』を感じました」と振り返る。

25歳の木村にとって、これはキャリアが軌道に乗って以来、初めての大怪我だった。最初は「来週には戻れるだろう」と考えていたが、痛みが引かず、病院でX線検査を受けた結果、骨折が判明した。

「医者には『手術をしないと回復までに時間がかかる。スクリューとプレートを入れれば、君の年齢なら治りが早くなる』と言われました」と話す。

「これまで手術なんて受けたことがなかったので、正直その瞬間はショックでした。7、8年ずっと休まずに騎乗してきたのに、ここでこんなに長い間休むことになるなんて。その後、手術を受けて足首の傷跡を見たとき、『これは時間がかかるな』と思いました」と語る。

木村は回復を早めるためにさまざまな治療法や処置を試し、3月21日のレース復帰を目標にしている。ただし、あくまで「体が問題なく動くかどうか」を最優先するつもりだ。

「回復方法を調べて、マットレス用の光線治療器を手に入れたり、筋肉療法を促進するビーマーを使ったりしています。それに、元障害ジョッキーで今は幹細胞治療に携わっている友人がいて、コスタリカまで行って幹細胞治療も受けました」と明かす。

「これで回復が早まるんです。調子は良くなってきています。ただ、あまりに多くの治療を同時に試しているので、どれが効いているのか正直分かりません」と笑う。「全部同じタイミングで続けているので、回復は順調で、筋肉も骨も順調に治っている。ただ、幹細胞治療が効いたのか、ビーマーなのか、光線治療なのか、それともフィジカルトレーナーがすごく優秀なのか…正直なところ、分からないですね」

木村は、ウッドバイン競馬場のリーディングジョッキー時代に所有していたカナダの物件を『整理』するために渡航し、その後ケンタッキー経由でカリフォルニアへ戻った。現在、騎乗できないことで自身のビジネスが停滞していることを痛感しており、競馬の動向を把握する努力はしているが、レースをリアルタイムで見ることだけは避けている。

「最初は何かしないとただ退屈でした。体を動かす以外に何ができるかを考えなければなりませんでした」と話す。

「リアルタイムでレースを見続けていたらますます落ち込むと思いました。テレビでレースを見ていると、すぐにでも馬に飛び乗って走りたくなってしまいます。でも怪我で騎乗できないのにレースをリアルタイムで追っていたら、余計に気が滅入るだけです。だから、最終的にはレースリプレイだけチェックして、全体の流れを把握するようにしました」

「どの馬に乗る予定だったかは分かっています。それを見るのは辛いです。馬が良い走りをしているのは嬉しいですが、同時に自分が騎乗できていないことも分かっているので、失うものの大きさも痛感します」

そして、休みが長引くほど、夢のケンタッキーダービーでの騎乗チャンスが遠のいていくことも理解している。

Kazushi Kimura rides in Kentucky Derby
T O PASSWORD, KAZUSHI KIMURA / G1 Kentucky Derby // Churchill Downs /// 2024 //// Photo by Michael Reaves

パートン騎手はリハビリ中

一方、パートンの戦線離脱は、現在トップを独走している香港のリーディング争いには大きな影響を与えていない。現在42歳のパートンは、2位のヒュー・ボウマンに40勝の差をつけており、8度目のリーディング獲得に向けて視界は良好だ。しかし、木村と同様にリアルタイムでレースを観戦することはないという。

「生活の中で他のことをしながら、あとでリプレイを見てキャッチアップしています」と話す。「日曜日の午後1時から6時まで、ずっとレースを見続けるなんて、最悪の時間の使い方ですよね。その時間を、子どもたちと一緒に過ごしたり、他のことをしたりする方がよっぽど有意義です」

現在、彼は2人の子どもたちの学校への送迎を担当し、スポーツの練習を見守ることが日課になっている。食事に出かける時間も増え、ファンレン(粉嶺・香港の地名)で開催されたLIVゴルフにも足を運んだが、ムーンブーツと松葉杖のせいで移動には苦労したようだ。また、オフィス業務にも時間を割くことができ、むしろ以前よりも忙しく感じているという。

パートンが最も警戒していたのは手術後の感染症だった。そのため、香港のジョッキーによくあるような短期の海外旅行には出ず、自宅で療養に専念する道を選んだ。

「とにかく傷口を清潔に保つ必要がありました」とパートンは話す。

「シャワーを浴びるときは、傷口をビニール袋で覆い、中にペーパータオルを詰めて、その上からネオプレンのウェットスーツ素材で巻くんです。患部を感染させるわけにはいかないし、濡れたり湿ったりするのも避けなければなりません。だから、飛行機に乗ったり、いろんな湿度の環境を行き来したりするような旅行は控えました」

「そのおかげで、香港でじっくりリハビリに取り組むことができました。フィジオ(理学療法)を受けたり、ジムに通ったり、体を維持することで毎日を埋めることができました。筋肉が固まったり衰えたりしてしまうと、復帰して馬に乗ったときに取り戻すのが大変になりますからね」

一方のホーは、リハビリとフィジオが生活の中心となっているが、十分な休息を取ることも重要な課題だ。すでに苦しい時期を過ごしているが、それは重傷を負ったトップアスリートが騎乗に必要なフィットネスレベルを取り戻すためには避けられないプロセスでもある。

「今やっているリハビリは、フルシーズンのトレーニングよりもきついです。メンタル的に平常心を保つのが本当に難しいんです」とホーは語る。

「間違いなく厳しい道のりになるでしょう。ケガによっては少し急いで復帰できるものもありますが、今回は違います。100%の状態になるまで待つ必要がありますし、急ぐことはできません」

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍していた。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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