次のディープインパクトか、それともジャスタウェイか。名馬の初年度産駒がセールでお披露目されるとき、市場は期待と不安が入り混じった、独特の雰囲気に包まれるのが世の常だ。
JRHAセレクトセールの2日目には、2023年のワールドベストホースランキングで首位に輝いたイクイノックスの初年度産駒が満を持して登場。しかし、市場が不安に気圧されることはなく、バイヤーの反応も上々。まさに順風満帆のスタートとなった。
ディープインパクトは説明不要の存在、日本競馬史に燦然と輝く名馬だ。そして、ジャスタウェイは日本調教馬としては史上初の “世界王者” 、レーティング年間1位として世界を制した馬はイクイノックスとこの馬のみである。どちらも、輝かしい実績を掲げて種牡馬入りした有望株だったが、現時点での産駒成績には大きな隔たりがある。
火曜日、この日唯一の上場馬だったジャスタウェイ産駒は低調な価格に落ち着いた一方、イクイノックス産駒はセールの目玉として、参加者から熱い視線が注がれていた。
当歳馬のみが上場される2日目、セッション開始の2時間前に本日上場予定の仔馬と母馬が会場内で展示された。辺り一面を埋め尽くす当歳馬と世界最上級の繁殖牝馬たち、ノーザンホースパークには幻想的な光景が広がっていた。
その中でも格別の注目を集めていたのが、イクイノックスの初年度産駒。2000万円の種付け料は国内史上最高価格、馬産地の期待を集める産駒のデビュー舞台がこの日だった。
イクイノックス産駒の良血馬は大物馬主の間で争奪戦が繰り広げられ、最終的に落札価格トップ5のうち、イクイノックス産駒は3頭がランクイン。サウジカップ初代王者、アメリカのチャンピオン牝馬・ミッドナイトビズーを母に持つ牡馬は5億8000万円で落札され、当歳馬としては、8年ぶりの高額落札記録が誕生した。
火曜日の夕方、上場馬240頭のすべてが取引を終了した時点で、イクイノックス産駒の落札総額は35億6000万円に到達。平均価格は1億4800万円強、中央値は8400万円を記録し、主取りになった産駒は24頭中たった1頭だった。
これほどまでの “大型新人” は、2020年に三冠制覇を達成したコントレイル以来。2年前にコントレイルの初年度産駒がセレクトセールに登場した際には、20頭が落札されて最高価格は5億2000万円、平均価格は1億2000万円弱、中央値は8100万円だった。
次々と高額で落札されるイクイノックス産駒を見守っていたのは、父の現役時代を管理した木村哲也調教師。この日は自身が手がけた愛馬の大きな節目であり、そして誇らしい瞬間でもあった。
「まず(この状況が)嬉しく思います。各オーナー様にこぞって競り合っていただいている、この光景に感動を覚えます」と、Idol Horseに語った木村哲也調教師。父の長所を受け継いだ産駒が多いと、自身の見解を話してくれた。
「多くの方にイクイノックスを高く評価していただいている証左だと思いますので、本当に感動と感謝でいっぱいです」
「産駒は父に似た仔馬が多く、馬体の造りが綺麗で、筋肉の柔らかさも感じています。また、歩様も良く、バネの利いた動きをするので、頼もしく思っています」

イクイノックスを所有していたシルクレーシングの代表、米本昌史氏もIdol Horseの取材に対し、このような期待の種牡馬を送り出せたことは感慨深いと話してくれた。
「総じて高い評価を受けられたのを見て、私個人としても嬉しく思います。周囲の期待も高いですし、父のキタサンブラックも産駒が走っていますから、2年後が非常に楽しみで仕方ないです」
「イクイノックスの産駒はキタサンブラック産駒の馬体とよく似ているところがあります。成長曲線も父に似てそんなに早いほうではないと思いますが、芝の中長距離で活躍してくれるのではないかと期待しております」
シルクレーシングとしても、イクイノックスへの期待は大きい。来年は初年度産駒の募集が予定されているだけでなく、自社を代表するカップリングの仔馬も待ち受けている。父にイクイノックス、そして母にアーモンドアイを持つ、あの超良血馬の存在だ。
「今年無事に生まれてきて、今も順調に成長しています。見た目はイクイノックス寄りというよりも、アーモンドアイに似た部分を持ち合わせていますね。流星は母譲りです。順調に育ってほしいですし、ぜひシルクの勝負服で走ってくれることを願っています」
2日目の最高額だったミッドナイトビズーの2025は、27年の歴史を誇るセレクトセールの中で過去3番目タイの高額落札となった。これを上回るのは、6億円で落札されたキングカメハメハ産駒の牝馬(ディナシー・未出走引退)と、5億9000万円で昨年落札された牡馬(エムズビギン・友道康夫厩舎)の2頭のみだ。

落札者の『ネブラスカレーシング』は2日連続のトップ価格、初日はモシーンの2024(父キタサンブラック)を最高価格で落札して話題を呼んだ。この名義の正体だが、馬主としては『エムズレーシング』の法人名で知られている、大手アミューズメントチェーン社長の杉野公彦氏ではないかと、一部では囁かれている。
「父と母の長所が混ざり合えば、活躍してくれるのではないかなと思います」と語るのは、先述の木村哲也調教師。同馬を託される調教師としても有力候補だ。
「ダート馬として大成しても驚きませんし、将来大活躍する可能性もあると思います」
なお、同馬のアンダービッターは、今年もトップバイヤーとなった藤田晋氏。Idol Horseの取材に対し、悔しさを滲ませるコメントを残した。
「今日一番行きたかったのはミッドナイトビズーの仔でしたが、去年と同じパターン(キタサンブラック × デルフィニアII、5億9000万円)で相手が返してきたので、これは駄目だなと。最高価格に近付くに連れて、今回は止めておこうかなとなりました」
イクイノックス産駒の良血馬はほかにも高額で取引され、米G1馬のゴーイングトゥベガスを母に持つ牡馬は4億5000万円で『ホウオウ』の小笹芳央氏が、アルゼンチンの名牝・グローバルビューティの息子は3億1000万円でYFホースクラブが落札した。
「今、涙目になっているの分かりますか?(落札価格が)高くて」と小笹氏はコメント。
イクイノックス産駒の華々しいデビューが話題となる一方、父のキタサンブラックも人気は健在。この日2番目の価格となる5億円で落札されたのは、母にシンプリーグロリアスを持つキタサンブラック産駒の牡馬だった。落札者は坂口直大氏、預託先は斎藤誠厩舎の予定となっている。
斎藤誠師は「3, 4回ほど下見に行きましたが、その時からいい成長を見せてくれました。バランスが良く、歩きも馬体の造りも綺麗で、上品で品格もあります」と称賛のコメントを残した。
「少し高い買い物になりましたが、良い馬だと思います。中距離路線で活躍してほしい一頭ですね」
この日はイクイノックス以外からも高額馬は誕生し、中でも話題を呼んだのが2頭の名牝の初仔。ファイアバーンやソーテルヌの長男は3億円を超える高値で落札された。
ゴールデンスリッパーを制したファイアバーンの初仔、キズナ産駒の牡馬は国本哲秀氏が3億2000万円で落札。ジャパンカップ馬のショウナンパンドラらと同じく、『ショウナン』の冠名で走る予定だ。
「馬が私を拾ってくれました」と国本氏。「この馬が私の夢を叶えてくれると思います」と期待を寄せた。
The first foal of Golden Slipper winner Fireburn, a colt by champion Japanese sire Kizuna, sold for 320 million yen (AUD$3.3 million, US$2.17 million) to Tetsuhide Kunimoto. He will carry a "Shonan" name in the future. https://t.co/xPcyvdZy3X
— Idol Horse (@idolhorsedotcom) July 15, 2025
現役時代にフランスのG1・ムーランドロンシャン賞を制したソーテルヌは、フランケル産駒の持ち込み馬が3億円で落札。落札者は『ダノン』の冠名で有名なダノックスだった。
フランケルの産駒は日本でも好成績を収めており、79頭が出走して勝ち上がりは51頭。モズアスコット、ソウルスターリング、グレナディアガーズといった3頭のG1馬を国内で輩出している。
2日目の当歳馬セッションで10億円以上を投じたオーナーは、初日に引き続き藤田晋氏、ダノックスの野田順弘氏、そして初日は高額落札を控えていた『サトノ』冠名の里見治氏がこれに続いた。
この日、藤田氏はミッドナイトビズーの2025と同様に、アンダービッターとして競り負ける機会が多かった。コンヴィクションIIの2025を落札して今年13頭目の購入を終えた後、記者の前でそれについて言及する場面があった。
「狙っていた馬で連続で競り負けてしまいました」
「私が参加してから値段が上がったといわれるんですが、私も被害者の一人です。全体が上がったわけですから、私一人のせいではないと思います。それだけ良い馬が揃っていたのだと思います」
「たとえば、コンヴィクションIIの1歳馬は野田オーナーに競り負けました。当歳の方はもっと高くなることを想定していましたが、思っていたより安かった。それでも1億5000万円はしましたが、比較的お買い得でした」
セレクトセール閉幕後、取材に応じた日本競走馬協会(JRHA)会長代行の吉田照哉氏は、今年のマーケットは生産者の期待を超える活況を見せたと総括。「こんなすごい市場が現実にあったのかという感じですよね」と振り返った。
「日本の競馬の層の厚さというか、お客さんの層の厚さが際立ったのではないでしょうか。日本のレベルが上がったというのは大きいですね。それを考えると、値段の高さも納得できるかなと思います」
「イクイノックスが最も注目を浴びましたけど、キタサンブラックの子がダービーを勝って、キズナとか、コントレイルとか、北海道は種牡馬の層が厚い。生産者が繁殖牝馬にしっかり投資して、その仔が出てきてちゃんと高く売れた。繁殖馬への投資はますます進んでいくと思います」
2日間で売買が成立した馬は453頭、総額は327億円に達し、平均価格は7200万円超。落札率の97%も含め、新記録が相次いだセールとなった。