「毎分毎秒を楽しんでいる」ジョアン・モレイラが明かす、日本競馬への愛着と引退危機からの復活

ジョアン・モレイラ騎手が、Idol Horseの独占取材に登場。引退危機からのカムバック、日本の競馬ファンへのリスペクト、世界の競馬は日本競馬に対抗するため「レベルを上げる」必要があること、さもなければ取り残されるという自身の考えを語った。

「毎分毎秒を楽しんでいる」ジョアン・モレイラが明かす、日本競馬への愛着と引退危機からの復活

ジョアン・モレイラ騎手が、Idol Horseの独占取材に登場。引退危機からのカムバック、日本の競馬ファンへのリスペクト、世界の競馬は日本競馬に対抗するため「レベルを上げる」必要があること、さもなければ取り残されるという自身の考えを語った。

水曜日の午後、ジョアン・モレイラが東京・新宿駅南口近くのブルーボトルコーヒーで休憩していると、一人の日本人競馬ファンがセルフィー(自撮り)を求めてきた。もちろん、丁寧な態度で、礼儀正しく声をかけてきた。

28歳の「ハルカ」を名乗る競馬ファンは、社会現象ともなったウマ娘を通じて競馬に出会い、G1デーの熱気に満ちた競馬場の雰囲気に魅了されたという。新しい世代の競馬ファンは、このような入口から始めるケースが多い。そして、世界トップクラスの存在となった日本の競走馬も大好きだという。

ハルカは競馬を始めてまだ12ヶ月だというが、競馬愛は誰にも負けない。

モレイラとのツーショットを撮ったあと、彼女は「推しは武豊騎手ですが、今日のことは友達に自慢します」とGoogle翻訳を通じて話してくれた。

「武豊は本当に素晴らしいヒーローですよね」とモレイラは言葉を返し、武豊を次のような言葉で表現した。

「本当に伝説的な存在だよ」

モレイラはサムズアップして写真に収まり、ハルカと日本語で挨拶を交わした後、笑みを浮かべながら足取り軽やかにその場を立ち去る。

Joao Moreira and fan Haruka
HARUKA, JOAO MOREIRA / Tokyo // 2024 /// Photo by Idol Horse

モレイラと日本の競馬ファン

「ここのファンは本当に素晴らしい」と、モレイラは去り際に語り始める。

「さっきのは嬉しい瞬間でした。ここでは、こういうことがよく起こります。街中で私に気付くと、呼び止めて興奮気味に話してくれるんだ。JRAの、このスポーツの魅力をアピールする宣伝活動が功を奏しているんでしょうね」

「10万人以上の観客が集まったレースに乗るとき、その多くの観客は自分のことを知ってくれるわけです。この国では、競馬は物凄く人気があります。それも、とても良い形で。街中でファンの人に出会う機会もあるけど、その人たちは迷惑をかけないよう配慮してくれます。マナーが良いんです。だからこそ、尊敬に値するんです」

日本の競馬ファンとモレイラの関係性は相思相愛だ。彼が勝利を収めるたび、ウィナーズサークルの前はサインを求めるファンでごった返し、毎週何十通ものファンレターが送られてくる。この日、ラッシュアワーが始まる直前の新宿で彼と会う約束をした。モレイラが最後の日本滞在日を迎える、数日前の出来事だった。

モレイラは来日する度に結果を残し、世界最高峰の賞金を誇る環境のおかげで多額の報酬を懐に入れて日本を去る。しかし、彼が最も大切にしているのは、ファンの熱量だという。

「毎分毎秒を楽しんでいます」と彼は語る。

「日本のファンは、毎日競馬場が開くたびにすぐやってきて、一日中そこに居てくれます。焼けるような太陽の日差しが差す暑い日でも、凍えるような雪の日でも、彼らは笑顔を絶やしません。競馬を心から楽しんでいるんです。私は、そこに感動しました」

「その情熱は間違いなく伝わっています。多くの誇りとやりがいを感じますし、そんな彼らの前でパフォーマンスできるのはこの上ない喜びです」

JOAO MOREIRA / Sapporo // 2017 /// Photo by Lo Chun Kit

知られざる苦難、母国への思い

JRAのガイドラインでは、外国人騎手は1年間のうち3ヶ月間の短期免許を取得することができるが、指定された条件を満たす必要がある。例えば、香港ならリーディングで3位以内に入ること、オーストラリアならシドニー地区やメルボルン地区のリーディングで3位以内の実績を残すことが必要だ。それぞれの地区のレベルを考慮し、異なる基準が設けられている。

モレイラは現在、母国のブラジルに拠点を置いているが、ブラジルの基準は『国内全土で最も勝利数が多い騎手』のみクリアできる。モレイラはサンパウロ地区や故郷のクリチバ地区で騎乗しているが、国内で競馬の開催数が最も多いのがリオデジャネイロ地区であることを考えると、JRAの短期免許基準のクリアは到底不可能だ。

では、なぜブラジルに拠点を置くのか?

よりマイナーなクリチバはもちろんのこと、サンパウロですら、賞金レベルは充実しているとはいえない。レース賞金の中から騎手の取り分として得られる額は、日本や香港の騎乗手当より少ない。多くのファン、馬主、調教師、運営サイドの人間からも、このことには疑問が投げかけられていた。

まず第一に、2022年10月に股関節の痛みと精神的な理由で香港を去ったとき、モレイラは騎手を続けられるのか不透明な状況だった。

「ブラジルに帰った時、心身ともに不調だった」と彼は語る。「正直、騎手を続けていけるか自信がなかった」

状況を変えたのは母国の医師だった。ブラジルでも香港時代から変わらずPRP治療を受けていたが、地元の医師による工夫が功を奏し、回復の兆しが見えてきたという。

Raptors G1 Grande Premio Brasil
JOAO MOREIRA, RAPTORS / G1 Grande Premio Brasil // Rio de Janeiro /// 2023 //// Photo by Sylvio Rondinelli

香港競馬のルーティーンを離れたことも助けになった。特に、週2回の競馬開催で体力を消耗する日々を抜け出し、休養を得られたことが大きかった。体の回復に伴い、心も前向きになったと彼は語る。

「最終的には、ブラジルの競馬界に少しでも貢献したいと気付きました。多くの人が歓迎してくれて、戻ってきてほしいと願ってくれました。ただ単に騎手としてブラジル競馬で活躍してほしいだけでなく、活躍すれば喜びを取り戻せると、周りの人たちは知っていたんです。100%、その通りでした」

「もう一度馬に跨り、レースに勝つと、欠けていた喜びを見つけることができました」

毎日350万人以上が行き交い、200の出口があるとされる新宿駅。コンクリートの迷宮を離れ、山手線の音を聞きながら代々木公園に向かって歩きだすと、モレイラはもう一つの大きな喜びについて語り始めた。

昨年12月、妻のタシアナさんが3人目の子供を出産した。ムリーロ・フェイトーザ・モレイラと名付けられた男の子だ。このことが、彼の競馬人生を変えた。

モレイラはスマートフォンで撮影した、生後6ヶ月になる息子の写真を何枚か見せてくれた。足が太く、騎手には向かないんじゃないかと明るい顔で冗談を囁く。

17歳の息子ミゲルは最近身長が伸びて父の背丈を超えたこともあり、騎手としてのキャリアは見込まれていない。11歳の娘マリーナは馬術に興味を持っており、乗馬では父譲りの大胆さと集中力を見せている。

Joao Moreira and son Miguel
JOAO MOREIRA, MIGUEL MOREIRA / Sao Paolo // 2023 /// Photo supplied

モレイラは、「家族と一緒に過ごし、競馬でも一緒に応援してくれるのは本当に素晴らしい」と語る。香港では家族がレースを見に来てくれる機会が少なく、コロナ禍の隔離政策中は特にそうだったと明かす。

引退についての質問も当然出てくるが、モレイラはこれについてはあまり多くを語らなかった。しかし、答えは明白だ。まだ、引退を考える時期ではない。体、心、そして騎手としての魂に衰えが見られない限り、引退の二文字が脳裏に浮かぶことは無いだろう。調子が良い時のモレイラは、他の騎手を圧倒する力強さを見せている。

身体的にも精神的にも調子を取り戻したモレイラは、今ブラジルで驚異的な活躍を見せている。彼は復帰以来、131勝をマークして勝率は30%以上を記録。G1タイトルは7勝を挙げている。昨年には、G1・ブラジル大賞をラプターズ(Raptor’s)に騎乗して制した。国内最大級のレースで初優勝し、夢を叶えたモレイラは次のように振り返る。

「実際に体感すると、想像を超えたものがありました。サンパウロを拠点とする騎手が、あのレース(ブラジル大賞)で勝つ。これがどれほど難しいことだと思いますか?不可能に近いことなんです」

代々木公園の40フィート(約12m)ある鳥居をくぐり、松やポプラが並び立つ道に入る。広がるモミジの木々の間を通り抜け、静けさのある明治神宮を歩き続ける。モレイラはこの落ち着いた環境で、これまでのことを振り返っていた。

Joao Moreira in Yoyogi Park
JOAO MOREIRA / Yoyogi Park, Tokyo // 2024 /// Photo by Idol Horse

しかし、この静けさはモレイラの辿り着いた境地を表しているのかもしれない。彼は彗星のごとく現れ、向かうところ全てで輝きを放つキャリアを送ってきた。どこにいても長く留まることはなく、時には短期間で戻ってきたかと思いきや、忙しく別の国へと飛び立って行く日々だった。

世界を旅するモレイラが思うこと

香港を去ってから21ヶ月、モレイラはサウジアラビア、ドバイ、香港で日本馬に乗ってG1レースに参戦した。オーストラリアでは2度の長期滞在中、G1を2勝、G2を3勝した。最近だと、クラシックレースのG1・桜花賞を吉田勝己氏のステレンボッシュに騎乗して優勝している。

これまで、モレイラが騎手としての生活や自身の競馬哲学について語る機会は限られていた。少なくとも、香港時代のライバルだったザック・パートン騎手とは対照的な存在だったと言える。ジェットコースターのようなキャリアを経験し、今は平穏な日々を送っている彼だったが、40歳を迎えてある考えを抱き始めた。

モレイラは世界の競馬に対して、日本競馬のような高い水準に達してほしいと望んでいる。これには、競走馬のレベル向上だけでなく、海外進出に意欲的な馬主や調教師が増えるという願いも含まれる。

写真を撮るため、小さなコンクリートの橋の上で立ち止まったモレイラは、こう呟いた。

「日本馬は世界中のどこに行っても、大きなインパクトを与えている。この流れがすぐに終わるようには思えない。日本のやり方を真似して、他の国のレベルも上がってくれると良いのですが。そうでないと、取り残されてしまいます」

「確かに、日本競馬の賞金は高く、ブリーダーも資金力があり、優秀な繁殖牝馬を揃え、素晴らしい施設を使っています。しかし、資金力がある国はもっとあるはずです。例えば、オーストラリアの場合はどうでしょう。資金力はありますが、馬が海外遠征先でどれほど戦えるかと言われたら厳しいようには思えます」

「他の国々も日本競馬の努力を見倣い、自分たちの競馬に活かすべきです。日本が過去25〜30年ほどかけてレベルを上げていったように時間は必要ですが、それでも他の国々にはこのレベルに追いついてほしいと思います。ビッグレースに関して言えば、日本馬ばかりが活躍する姿を見たいのではなく、競争が見たいのです。他の国々も競争力を高め、世界の競馬全体をレベルアップしていってほしいと思います」

Joao Moreira and Neorealism
JOAO MOREIRA, NEOREALISM / G1 QEII Cup // Sha Tin /// 2017

「またここに戻ってくる」

モレイラが乗るソウルラッシュがG1・安田記念を勝てば、また日本に戻る機会を得られたかもしれない。しかし、結果はロマンチックウォリアーに後塵を拝して3着に終わった。今のところ、再び短期免許を取得するには道は一つしか残されていない。海外で優秀な日本馬とコンビを組み、ビッグレースで勝つことだ。

母国のリーディングで上位に入ること、中央競馬のG1レースを一定数勝つこと、それ以外に短期免許の申請条件をクリアするには、海外の指定されたレースを1つか2つ勝つ必要がある。必要以上に複雑な条件にも思えるが、仕方ない。

モレイラ自身は、地元の騎手を守るために設定されたこのシステムに批判的というわけではない。彼はルールに理解を示した上で、灼熱の日差しや凍える寒さの中でも待っている情熱的なファンの前に、再び姿を見せると誓った。

「日本競馬は世界最高の競馬だと思っています。だからこそ、通年免許を取得して乗りたかったのです。残念ながら、様々な理由でそれは実現しませんでした」

彼が語る通年免許の話は、2018年に遡る。JRA通年免許の試験を受験したが、筆記試験の段階で不合格と発表されたのだ。

「またここに戻ってきて、短期免許を取得して騎乗したいと強く思っています。今は全力を尽くして、それを実現させるつもりです」

マイケル・コックス、Idol Horseの編集長。オーストラリアのニューカッスルやハンターバレー地域でハーネスレース(繋駕速歩競走)に携わる一家に生まれ、競馬記者として19年以上の活動経験を持っている。香港競馬の取材に定評があり、これまで寄稿したメディアにはサウス・チャイナ・モーニング・ポスト、ジ・エイジ、ヘラルド・サン、AAP通信、アジアン・レーシング・レポート、イラワラ・マーキュリーなどが含まれる。

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