船橋競馬場で行われたJpn2・日本テレビ盃は、坂井瑠星騎手が見事な手綱捌きにより、ウィリアムバローズが番狂わせの勝利を収めた。そして、彼が魅せた名騎乗は、日本の地方競馬に光を当てるキッカケになった。
よほどコアな競馬オタクを除けば、海外の競馬ファンが日本のよりマイナーなカテゴリである地方競馬に触れる機会はあまりない。しかし、この日の展開は、我々に地方競馬の面白さを教えてくれるようなものだった。
そう、ウィリアムバローズの坂井瑠星が巧みな騎乗によって、G1・ブリーダーズカップクラシックを見据える単勝1.2倍のウシュバテソーロを破るという波乱のレースだ。

番狂わせ
坂井が3番人気の騎乗馬を逃げ切らせて引き上げるとき、照明に照らされたその空間は静寂に包まれていた。『Road to JBC』と銘打たれるも、その道はアメリカのブリーダーズカップに繋がっていたようなレースだったが、勝ったのはペースを掌握しきった彼だった。
この1800mのレースは昨年から国際的な注目度が高まり、地方競馬の中では珍しいスポットライトが当たる存在となっていた。昨年はドバイワールドカップを制したウシュバテソーロの復帰戦として使われ、後にBCクラシックで5着に入っている。
高木登厩舎の7歳馬は今年も11月2日のデルマーを目指す予定であり、昨年同様にここを前哨戦に選んだ。鞍上の川田将雅騎手は先頭から8馬身ほどの位置で追走させたが、ウィリアムバローズが向こう正面を抜けて押し始めると、その差は10馬身に広がっていた。
川田はウシュバテソーロが3月以来の復帰戦であること、そして目標は数週間先であることを意識したのか、無理に追わず鞭は一発に留める。ウィリアムバローズの脚色が鈍り、ウシュバテソーロは猛追を見せるが、時すでに遅し。もし、デルマーで逃げ馬にこれほどの差を付けられたら、今回以上に厳しい結果が待っているだろう。
また、ウシュバテソーロにとって連覇達成となれば、1965年と1966年にこのレースを制したコノブキノニ以来となる偉業だったことも合わせて紹介しておきたい。
レース後、高木調教師は報道陣の前で「昨年より状態は良かったと思うが、前に残られてしまいました。ハミを取るべき場面で、取っていかなかった」と語った。また、1800mはこの馬にとって少し短いと話し、デルマーの2000mに向けては一回叩いての良化を期待すると述べた。

このようなJRAとの交流重賞では珍しくないことだが、上位3頭は中央競馬から来たJRA馬が独占する形となった。地方馬は浦和のナニハサテオキが4着に食い込み、同じくブリーダーズカップを目指すデルマソトガケを5着に退けた。
地方競馬が国際的な注目を集める機会は少ないが、この日の船橋競馬のYouTube配信は英語圏のファンの間でもSNSで共有されており、ゲートが開く直前には5万人、レース後にも2万人の同時接続を記録した。
地方競馬の役割
カリフォルニアのG1・サンタアニタダービーで地方競馬のマンダリンヒーローが2着に健闘してから1年半、日本のもう一つの競馬である地方競馬はその存在を世界に示しつつある。地方は盛岡競馬場の芝コースを除き、全15場全てにダートコースを備えている。
中央競馬、JRAは海外ファンが目にする『日本の競馬』そのものだ。武豊騎手や矢作芳人調教師、森秀行調教師といった著名な人物を擁し、過去30年に渡って世界中でG1レースを制してきた。地方競馬、NARはそれの庶民的なバージョンだ。地域の賭けの場として利用され、勝負服も馬主のものではなく騎手独自の服が利用される。また、施設もJRAほど整っているわけではない。
しかし、地方競馬は日本競馬界にとって無くてはならない存在でもある。2023年には1176回の開催が行われ、馬券売上は約71億ドル(1兆円)を誇る。JRAは288回の開催、馬券売上は227億ドル(3兆円)となっている。
JRAという巨人には及ばないかもしれないが、それでも重要な組織であり、強豪がここから生まれることもある。そして、競馬場外での宣伝や関係者の意欲によって、海外の注目を集めようとも努力している。
今年、大井競馬場ではダート三冠が創設され、3冠目のジャパンダートクラシックは日本テレビ盃の翌週に開催される。そこにはG1・ケンタッキーダービー3着のフォーエバーヤングも出走を表明しており、BCクラシックに向けて最後のステップとして使う予定だ。
地方から世界へ
マンダリンヒーローがアメリカで見せたその活躍は、地方競馬の宣伝として大きな役割を果たした。彼は地方随一の規模を誇る『東京シティ競馬』に所属し、大井競馬の藤田輝信調教師によって管理されている。大井は東京の南部に位置し、船橋競馬場からは18マイルほど離れている。

もう一人の大井競馬の調教師、森下淳平調教師は『大井から世界へ』を厩舎のスローガンに掲げている。藤田調教師を始め、今年イグナイターでG1・ドバイゴールデンシャヒーンに挑んだ園田の新子雅司調教師など、多くの地方競馬の調教師が世界への発信に向けて重要な役割を担っている。
「そうですね、本当は開業した時からちょっと思ってはいたんです。いずれそういう時代が来るだろうな、って思ってずっとやってきてるので。自分が最初に行く形ではなかったですけど、やっぱり同じ地方競馬で頑張ってる仲間の調教師がそういう成績を残していて、素晴らしいと思いますね。最初は切り開いていく人が結構大変ですから。勇気もいりますし、それで可能性を見せてくれたことに関しては、皆に凄く希望をもらいましたね」
Idol Horseの取材に応じてくれた森下淳平調教師は、世界での活躍についてこのように語った。
そのような背景を持つ9月の日本テレビ盃は、11月のブリーダーズカップ、2月のサウジアラビア、3月のドバイへと繋がる重要なステップでもあり、日本ダート競馬の祭典であるJBCクラシックに繋がる道でもある。JBCはアメリカのBCをモデルに創られ、各地の地方競馬場で持ち回りで開催される中央交流競走だ。
実際、日本テレビ盃は長い間世界に繋がる舞台として機能していたが、地方競馬がマイナーなこともあって、多くの海外の競馬ファンはそれに気付いていなかった。
今世紀に入ってからは、10頭の勝ち馬が次走に海外でレースを選んだり、その後海外遠征を行っている。2001年勝ち馬のアグネスデジタルは同年のG1・香港カップを制し、G1・ドバイワールドカップで6着、香港のG1・クイーンエリザベス2世カップで2着に入った。

他にもシーキングザダイヤ、通算23勝のスマートファルコン、G3・コリアカップ勝ち馬のクリソライト、ドバイワールドカップに2回出走したアウォーディーなどが、勝ち馬として名を連ねている。
これらの馬はいずれもJRAの所属馬だが、こうした交流重賞は見過ごせないものだ。そして、地方競馬の調教師たちは、いずれ中央競馬と戦えるレベルまで質を高めようと決意を固めている。
「中央と比べると、大井の調教施設は限られている」と森下調教師は説明するが、どの地方の競馬場も同じ問題を抱えている。
「やっぱり大井競馬の施設はJRAと違って、例えば調教施設がフラットなトラックしかない。その中で、世界中の強い馬相手に戦える馬作りをしていくっていうところです」
「具体的な目標としては、中央交流、つまり大井競馬場というホームで、G1のレベルでJRAの強い馬たちと五分で戦って行けるような馬を作ることですね。そしてそれをステップに、海外の大きいレースやG1にもチャレンジして、いつか勝てるように、ということを目標にしてます」
日本競馬の強さ、そして地方競馬にはマンダリンヒーローよりも強い馬がいることを考えると、地方競馬発の馬が海外のG1で活躍する日はそう遠くないのかもしれない。
今のところ、地方競馬は海外遠征馬を輩出する舞台としてその役割を果たしている。