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香港出身のニコラ・ユエン(袁幸堯)騎手は、香港競馬の新たな見習い騎手として故郷に戻り、4月1日のシャティン競馬場でのデビューへ向けて準備を進めている。待望の初日には、大きな期待と厳しい視線が注がれるはずだ。

そんなユエンを導くのが、彼女の前に広がるチャンスと、その厳しさをよく知るリッキー・イウ調教師だ。

25歳のユエンは、香港競馬の名手たちが歩んできた憧れの道を進もうとしている。トニー・クルーズ調教師、そしてイウ自身もその一人で、2人はいずれも50年以上前、香港ジョッキークラブ(HKJC)が創設した騎手学校の第1期生として騎手キャリアを踏み出した。

もっとも、その道は誰にでも開かれているわけではない。香港競馬に足を踏み入れた見習い騎手の中には、勝ち星が遠のき、ほかの騎手が乗りたがらない人気薄ばかりが回ってくるようになった末に、2シーズンほど、あるいはそれを少し上回る程度で表舞台から去る者も少なくない。

イウ師はユエンのことを以前から知っている。彼女は2021年11月に海外修行へ渡る前、イウ厩舎に事前訓練の一環として所属し、調教騎乗やバリアトライアルでの乗り方を学んだ。

その後4年間、南オーストラリア州、ニュージーランド、南アフリカで見習い騎手として経験を積み、それぞれ61勝、10勝、7勝を挙げた。3か国での通算成績は875戦78勝だった。

イウ師はユエンを厩舎の一員として呼び戻したいと考えていた。シャティンとハッピーバレーという厳しい二場開催で通用する騎手へ育ってほしい、という思いがあったからだ。

「彼女は海外へ行く前、うちにいました」とイウ師はIdol Horseの取材に語った。

「厩舎スタッフとも仲がいいですし、みんな彼女のことが好きです。私が厩舎の見習い騎手にしたいと申請し、彼女もうちの見習いになりたいと言ってくれました。お互いの希望が一致していました」

「ほかにも6人の調教師が厩舎に所属させたいと申請していましたが、最終的に私が彼女の師匠に選ばれました。相性はいいですよ。とても礼儀正しく、時間にもきちんとしています」

この舞台に足を踏み入れる若い騎手にとっては良い出発点だろう。香港の競馬界は、細部まで厳しく見られる環境だからだ。最初は週末のシャティン開催だけでも、やがては年46週にわたり週2回、その視線にさらされる。注目の度合いは極めて強い。

Hong Kong apprentice jockey Nichola Yuen
NICHOLA YUEN, FAMOUS KNIGHT / Port Augusta // 2023 /// Photo by HKJC

HKJCの競馬学校を卒業した騎手候補生の多くは、海外での修行期間を経ても、故郷の香港競馬に見習い騎手として呼び戻されることはない。

香港に戻れば調教助手として現場に入り、そこからアシスタントトレーナー、そしていずれは調教師を目指す道を歩むことになるか、あるいは海外で独力でキャリアを築こうとする。香港競馬で見習い騎手の座を得ること自体が狭き門なのだ。

そして、海外の競馬場でどれほど実績を積んでいても、香港のジョッキー陣に加われば、なお実力を示していかなければならない。

実際、その帰還の機会を得た見習いの中にも、重圧のかかるシャティンとハッピーバレーの舞台で短期間しか乗れず、あっという間にジョッキールームから姿を消してしまう者がいる。イウが指摘するように、実戦の真っただ中に入ってみなければ、その騎手がどうなるかは分からない。

「朝の調教ではうまく乗れていますが、レースでどう乗るかは、まだ本当のところ分かりません」とイウ師は分析する。

「調教騎乗は問題ありません。でもレースでは、これから分かることがたくさんあります」

イウ厩舎が前回受け持った見習い騎手はディッキー・ルイ騎手だった。ルイは2012/13シーズン開幕時に免許を受けたが、2015年7月にはライセンスの更新が認められず、その空いた枠にケイ・チョン騎手が入った。

チョンはフランシス・ルイ厩舎の見習いとして一時大きな話題を集めたが、指の負傷により2年半で引退した。

香港競馬史上もっとも成功した女性騎手であるチョンは、引退後は競走馬取引のエージェントとして活動しており、ディッキー・ルイ元騎手は現在、ジミー・ティン厩舎でアシスタントトレーナーを務めている。

チョンの引退後、香港で見習い騎手免許を受けた女性騎手はユエンで2人目となる。

もう1人はブリトニー・ウォン騎手。その歩みはユエンとよく似ている。ウォンは香港競馬での最初のシーズンに18勝を挙げ、今季も6勝しているが、11月から長期離脱者リストに入っている。

Jerry Chau and Duke Wai at Sha Tin
JERRY CHAU, DUKE WAI / G1 Chairmans Sprint Prize // Sha Tin /// 2023 //// Photo by Yu Chun Christopher Wong

イウ師は、ユエンにもジェリー・チョウ騎手のような道をたどってほしいと願っている。チョウもまた、海外経験を積むために出発する前はイウ師が指導していた騎手だった。ただ、チョウは香港復帰後、イウ厩舎ではなくダグラス・ホワイト厩舎の見習いとなった。

チョウの香港復帰後、再び自分が“師匠”になれなかったことについて、イウ師は「とても残念でした」と振り返る。もっとも、チョウとホワイトのその後に関係はうまくいかなくなり、師匠と弟子は袂を分かった。

見習い騎手によっては、そうした決別は致命的になりかねない。だがチョウにとっては、むしろそれが刺激になったようだ。居心地の良い場所から踏み出さざるを得なくなり、その後も成長を続けたことで、いまや香港でトップ5に数えられる騎手となっている。

イウ師は、見習い騎手として成功する鍵は「才能」だと言い、「生まれ持ったスキルですから」と話す。

ただし、騎手としての才能だけでは長く成功し続けられるわけではない。

「ジェリー・チョウの今の姿には、少し驚いています。私のもとにいた頃も将来性のある良い騎手でしたが、ここまでとは思っていませんでした。いまはいろいろな技術を身につけています」とイウ師は説明する。

「香港に戻ってきてから、彼はいろいろな一流騎手の乗り方を取り入れるようになりました。今は本当に上手に乗っていますよね。でも、ここまで良くなるとは予想していませんでした。正直に言えば、私は彼を悪くない騎手だと思っていましたが、見違えるほど成長しました」

そして、2008/09シーズンに10代ながら結果を残したマシュー・チャドウィック騎手のような飛び抜けた才能は別として、どの見習い騎手も最初の3、4年で見違えるほど成長していかなければならない。ただ、その過程を急がせることはできない。

「彼女には、焦らず着実に歩んでもらいます。私は経験がありますから」とイウ師は語る。

そして、ルイの前に受け持ったある見習い騎手のことも振り返った。イウ師が「いい騎手でした」と認める存在、それがロジャー・ユー騎手だ。

ユーの香港競馬での騎手キャリアは競馬場の内外での問題によって途絶えたが、その後はマカオで騎手として活躍した。

「彼は進路妨害が多く、乗り方があまりに粗かったのです」とイウは説明する。

見習い騎手の成功には、才能だけでは足りない。賢く乗ること、適切な自信を保つこと、そして裁決委員に目を付けられないことも、同じくらい欠かせない基本なのだ。

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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