クリケット少年が香港ダービーの大舞台へ、ブレントン・アヴドゥラ騎手が香港でブレイク中
ルビーロットでの香港ダービー騎乗を控えるアヴドゥラ騎手がIdol Horseのインタビューに応じ、幼少期の後の有名選手とクリケットをした思い出、香港競馬での「時間がかかった道のり」、そして最近の好調ぶりを語った。
ブレントン・アヴドゥラ騎手はこの日、香港ゴルフクラブのエデンコースでティーショットを打とうとしていた。ハッピーバレー競馬場のナイター開催にてクラス3戦で勝利を挙げた瞬間から、実に12時間後のことだった。
香港・粉嶺にあるゴルフ場の静かなフェアウェイは、前夜の熱気に包まれた競馬場とは対照的だ。しかし、競争心は変わらない。アヴドゥラの同伴競技者には、香港の騎手仲間4人が顔を揃えていた。
「バンカーに入ってしまったけど、まだ大丈夫だ」
そう言って同組のライル・ヒューイットソン騎手に目を向ける。ヒューイットソンはグリーン中央にしっかりとボールを乗せ、2人を第1ホールでの勝利へと導こうとしていた。
ルーク・フェラリス騎手やハリー・ベントレー騎手などもこの日一緒にコースを回っており、アヴドゥラは今シーズンからゴルフを始め、忙しいスケジュールや家族との時間の合間を縫って楽しんでいるという。
しかし、第1ホールでのバンカーへのミスショットは、競馬の世界で『パットを簡単に沈める』ように勝ち星を重ねてきた彼にとっては珍しい乱れだった。
この6週間、アヴドゥラはザック・パートン騎手が不在の状況を最大限に活かし、10開催で14勝をマーク。その中には、ルビーロットでのクラシックカップ制覇も含まれている。
現在、リーディング争いでは3位につけ、日曜日の香港ダービーではクラシックカップを制したデヴィッド・ヘイズ厩舎の主力馬に騎乗予定。元シドニーのリーディングジョッキーは、香港の厳しい競争環境の中でも充実の日々を送っている。
「流れがいいですし、チャンスにも恵まれています。今のうちにできるだけ勝ち星を積み重ねたいですね」とアヴドゥラ。「いい馬に乗せてもらえて、それを結果に結びつけられるのは嬉しいことです」
「昨シーズンは33勝を上げ、カリフォルニアスパングルでG1を2つ勝てました。今年の目標は、何勝できるかはともかく、トップ5に入ることでした」
土曜日のシャティン開催では2勝を挙げ、2024-25シーズンの勝利数は33勝に到達。これで昨シーズンの成績に並んだが、シーズン終了まではまだ34開催を残している。

しかし、2023年にシドニーからシャティンへと拠点を移した34歳のアヴドゥラにとって、この道のりは決して順風満帆なものではなかった。
香港にやってくる多くのトップジョッキーと同様に、G1勝利の実績と大レースでの手腕を誇る彼であっても、気が変わりやすい香港のオーナーたちとの信頼関係を築くには時間を要した。
「時間のかかる道のりでしたね」とアヴドゥラ。「5月で香港に来て2年になりますが、最初の頃はなかなか騎乗機会が得られず、正直フラストレーションもありました」
「でも、香港のオーナーや調教師との関係を築くには時間がかかることは分かっていました。どんな世界でもそうですが、チャンスを得ること、そしてそのチャンスを活かせるだけの実力があるかどうかが大事なんです」
「シドニーでリーディングを獲得し、世界各地でG1を勝ってきましたので、自分の力は信じていますし、適切な機会があれば結果を出せると分かっていました。最近は、レースに行くたびに『1勝、2勝、もしかするとそれ以上勝てる』と期待できるようになったのは良い気分です。以前のように『なんとか1勝できるかな』と願うのとはまったく違う感覚ですね」
アヴドゥラが香港で騎乗することになった経緯は、ある意味では『普通』といえることだった。シドニーのリーディング経験があり、G1を10勝以上挙げていた彼は、香港ジョッキークラブのライセンス委員会にとって適任の騎手だった。
しかし、19年前に騎手を志したときの道のりは、決して『普通』のものではなかった。
ヴィクトリア州のブックメーカー(馬券業者)の息子として生まれたアヴドゥラは、父のピーターに連れられて競馬場へ足を運ぶ一方で、クリケットやオーストラリアンフットボールに没頭する多忙な学生生活を送っていた。
スポーツの話になると、アヴドゥラは自然と熱を込める。彼はオープニングバッツマン(クリケットの1番打者)として活躍し、幼少期には近所に住んでいたオーストラリア代表のテストボウラーである、スコット・ボランド選手と裏庭でクリケットをしていたという。
「私はもともと馬とは無縁の環境で育ちました。フッティ(オーストラリアンフットボール)やクリケットが好きで、下手ではなかったので地区レベルの試合にも出ていました」
「子どもの頃、家の近所に住んでいたのがスコットとニック・ボランド兄弟で、一緒に裏庭でクリケットをしたり、ジュニアクラブの試合に出たりしていました」
「でも、父の仕事の関係で競馬場にもよく行っていたんです。それが大好きでしたね。14歳くらいのときに将来の進路を決める必要があり、15歳の時に競馬の道を選ぶことにしました。ただ、その時点ではまだ馬にハミすらつけたことがなかったんですが、学校を辞めて厩舎に入り、馬の扱い方について学び始めました」
15歳で学校を辞め、競馬の世界へ飛び込んだアヴドゥラは、コーフィールドのジム&ジョン・モロニー厩舎で厩舎作業を学びながら騎乗訓練を始めた。それからわずか1年後、2007年10月にベンディゴ競馬場で初騎乗を果たし、単勝オッズ10倍の伏兵アソシエイトに騎乗してデビュー戦を勝利で飾った。
「本当にめまぐるしい12ヶ月でした」とアヴドゥラは振り返る。
「1年前は馬に乗ったことすらなかったのに、今は34歳になって香港で騎乗している。考えてみるとすごい旅路を歩んできたなと思います。競馬は私に多くのものを与えてくれましたし、この仕事が大好きです。本当に最高のキャリアを送れていると感じますね」

香港での騎手生活は、アヴドゥラだけでなく、彼の妻テイラーさんと2人の子どもたちにとっても大きな変化をもたらした。現在一家は、シャティン競馬場内の居住施設『レースコースガーデンズ』に住んでおり、そこには多くの騎手や調教師が暮らしている。
騎手仲間や調教師たちがすぐ隣や真上、真下にいるという環境は、シドニー時代とは大きく異なるが、アヴドゥラはすでにこの生活に慣れつつあるという。
「香港での生活を楽しんでいます。家族と子どもたちがここで幸せに過ごしてくれるなら、香港を自分たちの第二の故郷としてやっていけると思っています」
「オーストラリアでは週に4〜5日騎乗していたので、時には子どもたちの顔を見られない日もありました。でも、今は競馬場の中に住んでいるので、仲間との良い関係を築きながら、家族との時間もしっかり取れています」
香港では週2回のレースに加え、週2回のバリアトライアル、そしてほぼ毎朝の調教があるためスケジュールはハードだ。しかしその分、空いた時間を家族との時間に充てられ、時々ゴルフコースで過ごす午後、またはオーストラリアのドッグレースの近況報告など、好きなことにもっと時間を使うことが出来るのがアヴドゥラにとっては大きな魅力になっている。
「ゴルフをしたり、妻とデートを楽しんだり、子どもたちと出かけたりするのが好きですね」とアヴドゥラ。
「オーストラリアにいたときよりも、家族との時間が圧倒的に増えました。うちには3歳と5歳の子どもがいて、さらに6月にはもう一人増える予定です。この年齢の子どもたちにとっては、私がそばにいることのほうがあちこち飛び回ることよりもずっと大切だと思っています」
また、彼は競馬だけでなく、オーストラリアにいる自身のグレイハウンド(競走犬)にも強い関心を持っている。
「ドッグレースも大好きなんです。香港に来る前から本格的に取り組んでいて、今も結構な頭数を所有しています。今年は初めてG1レースで勝つこともできたので、それもすごく嬉しいですね」
香港では騎手がエージェントを持つことができず、自ら騎乗馬を確保しなければならない。そのため、レースの研究や馬の適性を見極める能力が非常に重要になる。
「私は昔からレース分析が得意で、下調べも徹底してやるタイプです」とアヴドゥラは話す。「幼い頃からずっとレース分析に親しんできたので、騎乗したことがない馬でも、過去どのようだったかだいたい言えるくらい頭に入っています」
「香港のように、戦術が重要で競走馬の頭数が限られている場所では、こうした知識がちょっとしたアドバンテージになるかもしれません」

幸運なことに、ブレントン・アヴドゥラにとって日曜日の香港ダービーに臨むうえで、馬柱を読み込む必要はなさそうだ。彼には、すでにそのポテンシャルを信じるに足る確かな手応えがある。
今月初め、ルビーロットに騎乗してクラシックカップを制したアヴドゥラは、勝利の瞬間に鐙に立ち上がり、その歓喜を全身で表現した。そして今度は、ヘイズ厩舎のこの馬とともに、香港で最も栄誉ある一戦でさらなる歓喜を味わえるかに注目が集まる。
「本当に楽しみにしています。彼は私にとって素晴らしい馬でした。距離もこなせると思いますし、レースの格としても一番の王道から来ている馬です。きっといい走りをしてくれるでしょう」
「枠番など、自分ではどうにもならないことはありますが、私にできるのは最高の騎乗をして、彼の力を最大限に引き出すことだけです。結果はどうあれ、彼とともにベストを尽くすだけです」