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揺れる名門厩舎、豪ATCはカミングス一族の伝統に売却を迫るのか

アンソニー・カミングス調教師が調教師免許を剝奪された今、ATCは父のバートが50年前に創設した名門厩舎の売却について検討している。この歴史にどれほどの価値があるのか…Idol Horseのアダム・ペンギリー記者が問う。

揺れる名門厩舎、豪ATCはカミングス一族の伝統に売却を迫るのか

アンソニー・カミングス調教師が調教師免許を剝奪された今、ATCは父のバートが50年前に創設した名門厩舎の売却について検討している。この歴史にどれほどの価値があるのか…Idol Horseのアダム・ペンギリー記者が問う。

ジェームズとエドワード・カミングスは、祖父バートの厩舎でポニーに乗り、オーストラリア競馬界で最も名高い一族の一員となる道を歩んでいた。背景には6本の若木が見える。それは父のアンソニーが植えたモミジバスズカケの木で、バートの厩舎に自然の温もりを加えたいと願った。その思いは、しっかりと形になっていた。

今、ロイヤルランドウィック競馬場のハイストリート側にある名門レイラニロッジ調教場を歩けば、あの6本の若木はもうない。代わりに、高さ50メートル近くまで成長したモミジバスズカケの木がそびえ立つ。その場所はシンクビッグ、ボーザム、レッツイロープ、セイントリー、ソーユーシンクなど、数々の名馬を育んできた伝説の舞台となっている。

ジェームズとエドワードも、もう幼い子どもではない。いまや家族を持ち、一族の伝統を継ぐ4代目の調教師としてG1勝利を挙げるまでになった。その頭上には、かつての若木が大樹となり、堂々と枝を広げている。

James and Edward Cummings watching trackwork at Flemington
JAMES (L) & EDWARD CUMMINGS / Flemington // 2022 /// Photo by Vince Caligiuiri

しかし、オーストラリア競馬界で最も有名なこの競馬一族は、創設から50年を迎えたレイラニロッジ調教場を追われる危機に立たされている。12回のメルボルンカップ制覇を誇るバート・カミングス調教師が「シドニーの気候が気に入った」としてこの地に根を下ろして以来、半世紀に及ぶ歴史が、今、揺らいでいる。

オーストラリアンターフクラブ(ATC)は、今後数日以内に、レイラニロッジ調教場がカミングス一族の手を離れるのかどうかを決定する。レーシングNSWは、ランドウィックで厩舎を構えるアンソニー・カミングスの調教師ライセンスを、経営難による昨年の清算手続きを理由に取り消した。アンソニーはこの決定を不服として控訴しているが、その審理がいつ終わるかは誰にも分からない。

しかし、控訴の行方とは別に、より差し迫った問題がある。レイラニロッジは今後どうなるのかということだ。

Idol Horseの取材に対して複数の関係者は、急成長中のキアロン・マー調教師が、この名門調教場を巡る競売で名乗りを上げる可能性があると証言している。マーはすでに、ワーウィックファームの厩舎、サザンハイランズの最新鋭施設であるボングボング調教場、ニューカッスル近郊の海岸沿いの休養施設など、NSW州内に複数の拠点を置いている。同氏がシドニー最大の競馬場に進出するのは、ごく自然な流れと見る向きも多い。

しかし、レイラニロッジは単なる厩舎の一つに過ぎず、次に適任の調教師へと引き継がれるべきものなのか?それとも、カミングス一族が長年にわたり積み重ねてきた歴史と、その手によって生み出された数々の名馬たちの輝かしい記憶が、考慮されるべき価値を持つのか?

この状況で興味深いのは、アンソニーの息子エドワード・カミングスの存在だ。彼はわずか5か月前に自身の調教師としての夢を一旦断ち切り、自信が経営するマートルハウス社を率いて経営難に陥った父の厩舎を立て直すことに全力を注いできた。

エドワードはG1を3勝したデュアイスの調教師としてすでに実績があり、昨年10月からは父アンソニーの厩舎で主任として実質的な指揮を執ってきた。ホークスベリーに厩舎を構えていた時代のスタッフと大半の馬主を引き連れ、経営再建に取り組んでいる。彼は大手馬主とのつながりも豊富で、クールモアやニューゲートのヘンリー・フィールド氏、さらにはブラックキャビアの馬主ニール・ウェレット氏、シャトークアのルパート・リー氏など、競馬界の大物たちとの太いパイプを持つ。これは再起を図る上で大きな武器だ。

昨年10月末にはエルカステロがG1・スプリングチャンピオンステークスを制し、その華々しい春の活躍が父の厩舎に押し寄せる債権者への返済の一助となった。まだ再建の実績は限られるが、2月に入り厩舎が送り出した9頭のうち、5頭が勝ち星を挙げている。

Edward Cummings with his G1 winning mare Duais
EDWARD CUMMINGS, DUAIS / Flemington // 2022 /// Photo by Vince Caligiuri

しかし、父アンソニーが破産せず持ちこたえられるかを判断する免許審査委員会は感情に揺り動かされない。こうしたエピソードは響かず…そして、それが正しいあり方なのかもしれない。彼らは、アンソニーが調教師として「適格かつ相応しい人物ではない」と判断したのだ。

しかし、ATCが下す決断は、単なる規模の問題を超え、歴史と情熱、そして新進気鋭の調教師の野心が交錯するものだ。果たして『規模が大きければ良い』という単純な話なのか…。

「私は厩舎の全体管理やスタッフの質、人数、トレーニングの向上を図り、自然な形で競馬場での成績を高めることを目指してきました。新たな運営体制のもとで厩舎の成績は確実に向上しています。これは自信を持って言えます」と、エドワード・カミングスはIdol Horseに話す。

「父の持つ豊富な経験が厩舎運営の根幹に息づいており、私とともにホークスベリーから移ってきたチームの熱意と技術が、成績の安定につながっています。そして、この成功はホークスベリー時代からの馬主の支え、さらには父の厩舎に残ってくれた既存馬主の協力なしには成し得ませんでした」

「この歩みを続け、さらに成功を積み重ねていくことほど、私にとって大きな喜びはありません。厩舎の誰もが、さらなる飛躍は目前だと信じています」

ATCのもとには、エドワード・カミングスの申請を支持する強力な推薦者を集っている。オーストラリアのリーディングトレーナーであるクリス・ウォーラー調教師、世界を股にかけるヒュー・ボウマン騎手、実業界の大物ジェリー・ハーヴェイ氏、さらにはレーティングの専門家ダニエル・オサリバン氏までが名を連ねる。エドワードが成功を収めるためには、自身の調教師免許をメトロ(メトロポリタン・都市部)ライセンスへ格上げする必要もある。

ATCの理事会はすでにローズヒル競馬場の将来を巡って意見が割れている。長年の思い出が詰まった競馬場を取り壊し、住宅地へと再開発することで、業界の未来を何世代にもわたって支える莫大な資金を得るべきなのか。それとも、現実的な代替案がない中、多くの人々が抱く郷愁に流され、この貴重な資産を守るべきなのか。

彼らはまだ気づいていなかったが、今、新たな『小さなローズヒル』とも言うべき決断が迫っている。そして、その判断を下す対象は、他とは一線を画す特別な厩舎なのだ。

アダム・ペンギリー、ジャーナリスト。競馬を始めとする様々なスポーツで10年以上、速報ニュース、特集記事、コラム、分析、論説を執筆した実績を持つ。シドニー・モーニング・ヘラルドやイラワラ・マーキュリーなどの報道機関で勤務したほか、Sky RacingやSky Sports Radioのオンエアプレゼンターとしても活躍している。

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