カーインライジングが最後に敗れた日から1000日目、今年のジ・エベレストはその日に行われる。
ヘッドウォールを手掛けるマシュー・スミス調教師は、カーインライジングを打ち破るべく対策を模索しているトレーナーの一人。香港の伝説的スプリンターが、競馬界にとってどれほど大きな存在か。同師はそのことも強く意識している。
この日、約1500人がバリアトライアルを見ようとロイヤルランドウィック競馬場に押し寄せた。あくまで試走、バリアトライアルのために観客が殺到。カーインライジングの存在抜きでは説明できない現象だった。
シドニーを拠点とするスミス師は、Idol Horseの取材にこう語った。
「競馬界には、あの馬のような存在が必要です。夢を持ち続けられますから」
「誰でも1歳馬を買えば、カーインライジングのような馬に巡り合う可能性があります。とびきりの良血馬というわけではないので、誰にも手が届かない存在ではありません。競馬の醍醐味はそこにあります」
「調教師として、強い馬を見るのは楽しいものです。自分の管理馬でも、ほかの人の馬でも」
スミス師としては、ロイヤルランドウィックで行われる賞金総額2000万豪ドル(約22億円)のジ・エベレストで、ファンに愛される馬を倒す“悪役”を担うより、カーインライジングを自分で管理していたかったのが本音だ。
カーインライジングがオーストラリア競馬で走るのは、世界最高賞金の芝レースを制した昨年に続いて2度目となる。もっとも、昨年の勝利を鞍上のザック・パートン騎手は「シーズン最悪の走り」と評していた。
22連勝を狙うカーインライジングが敗れる姿など、ほとんど想像できない。道悪で同馬が脚を取られ、軽快な走りのテンプテッドが馬場を苦にせず駆け抜けるなら、勝機があるかもしれない。だが、それでも望みの薄い可能性にすがっていると言われても仕方がない。
ここ数カ月のジ・エベレストを巡る動きが、カーインライジングを倒す難しさを物語っているのかもしれない。
例年なら一年を通じて大騒ぎとなるジ・エベレストの出走枠争奪戦は、今年は鳴りを潜めた。馬主たちは、自分の馬が争うのはおそらく2着だと分かっている。年間70万豪ドル(約7700万円)を払って出走枠を保有する人々も、探しているのはおそらく2着に入れる馬だと分かっている。
今年のレースに参加せず、払った金をそのまま返してもらえるとしたら、今すぐ応じる人はどれほどいるだろう。おそらく相当いるはずだ。
オーストラリア屈指のスプリンターで、スミス師が管理する実力馬のヘッドウォールは、ジ・エベレスト出走が決まっている。
昨年もジ・エベレストへの出走が期待されていたが、故障で春競馬シーズンの出走計画は途絶えた。先週末に予定していたG2・プレミアステークスも出走を取り消したものの、その後の血液検査では良好な結果が出た。
火曜日のバリアトライアルでは無理をさせず、ニンジャの5番手で入線。カーインライジングは道悪を少し気にしたのか、先頭のニンジャから僅差の2番手で入線を果たした。
スミス師はライバル目線での香港王者について、「ほかの陣営にとってカーインライジングの一番厄介なところは、自在に走れる馬だということです」と評する。
「先行策もできるし、控えてもいい。先頭に立たせても、あの馬は無理な走りはしません。本当に強い馬はどんな競馬にも対応できます。落ち着いていて、自分の仕事を分かっています」
「カーインライジングに弱点はほとんど見当たりません。あるとすれば道悪くらいでしょうか。道悪をこなせないことを願うしかありません」
「良馬場なら、ほぼ負けないと言わざるを得ません」
だからこそ、ライバルの調教師たちはこの先一週間、雨乞いをすることになる。オーストラリア国内の大半のブックメーカーが1.3倍とするカーインライジングも、重く渋った馬場なら、普段どおりの走りができない可能性は残されている

2026年も終盤に差しかかった今、カーインライジングが年間を通して世界最高の競走馬であることに疑いはない。ヘッドウォールはその域には達していない。だが、王者に挑む資格がないわけではない。
ジ・エベレストという仕組みは、オーストラリア以外では成り立たなかったかもしれない。馬を小口で共同所有する人々にも、人生を変えるほどの賞金を狙う機会を与える点が、その理由の一つだ。
共同所有のシンジケートが所有するレッドゼルは、ジ・エベレストの第一回と第二回開催を連覇。今年出走するニンジャにも、同馬の持ち分を小口で購入した数百人の馬主がいる。ニンジャを管理するのは、かつてシンガポール競馬と香港競馬で厩舎を営んでいたマイケル・フリードマン調教師だ。
ヘッドウォールの馬主グループは、ニンジャの馬主グループよりもずっと小規模だ。それでも、同馬の物語が劣らず心を引くことに変わりはない。
キャリア初期にヘッドウォールの主戦を務めたブレイク・スプリグス元騎手は、2025年初めに命に関わる落馬事故に遭った。複数の肋骨と鎖骨を骨折し、肝臓には裂傷を負い、脳出血も起こすなど、重傷だった。空路で病院に運ばれ、医師は家族に、助かるかどうかは予断を許さないと伝えた。
時間をかけて回復した後、脳神経内科医から、再び頭を打ったり落馬したりすれば、その時は命を落とす可能性が極めて高いと告げられた。この警告を受け、スプリグス氏は騎手の道を諦めた。
火曜日、スプリグス氏はヘッドウォールのバリアトライアルを見守る群衆の中にいた。スミス師も、この馬を育てるうえで彼が果たした役割を忘れていない。
「初期のキャリアでは、ブレイク(スプリグス元騎手)の存在が大きかったです」とスミス師は振り返る。
「この馬で未勝利戦を勝ち、ザ・ワラも勝ってくれました。ブレイクはヘッドウォールに特別な思いがあります。馬主の方々はブレイクとも私とも親しい友人で、本当に素晴らしい人たちです。ブレイクにとっても、皆にとっても、まさに激動の日々だったと思います」
「それでもヘッドウォールは、今いるスプリンターの中でも実績上位の一頭でしょう。何度も言っていますが、いつか雨で馬場が渋った日に中団から運び、一気に突き抜けるはずです。そんな日が必ず来ます」
「1200mのG1レースを勝てる力は間違いなくあります。そうしたレースでも複数回、3着以内に入っていますから。ジ・エベレストはこの馬に合うレースです。この馬も挑戦するにふさわしいと思います」