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凱旋門賞の第一人者と言えば、アンドレ・ファーブル調教師だ。彼は凱旋門賞8勝という記録を持っているフランスの名伯楽であり、この8勝という記録はどの調教師・騎手・馬主にも破られていない。

この記録は誰にとっても羨ましいものではあるが、特に日本馬の関係者や競馬ファンにとっては一層そうなのかもしれない。彼らは日曜日のレースを興奮と期待、そして慎重な面持ちで見守ることになるだろう。

日本のシンエンペラーは、3週間前のG1・アイリッシュチャンピオンステークスで印象的な走りを見せたことで、前売り市場での人気が急上昇。メディアの注目度も日々高まっている。一方、日本を代表する名手の武豊騎手が手綱を取る、アルリファーも有力候補だ。

「日本は素晴らしい競馬大国です。彼らの発展は著しく、素晴らしい繁殖馬を持っています。シンエンペラーの矢作芳人調教師もトップクラスのトレーナーですよね」と、ファーブルはIdol Horseの取材に対して語る。

「アジアは競馬の未来を引っ張る存在であり、今まさにそうなっています」

Horse trainer Yoshito Yahagi
YOSHITO YAHAGI / Randwick // 2023 /// Photo by Jeremy Ng

しかし、あと数ヶ月で79歳の誕生日を迎えるファーブルにとって、凱旋門賞への熱意に変わりはない。ロンシャンを代表するこのレースでは、今でも無敵の存在だ。

勝利への期待を尋ねられると「もちろん」と答えるファーブルは、最有力候補のソジーに加え、優秀なバックアップ役として有力牝馬のマルキーズドセヴィニエ、強力なステイヤーのセヴェナズナイトを揃えて今年のレースに臨む。

好相性のソジー

ソジーは、これまでファーブルが凱旋門賞馬に導いてきた歴代の晩成な3歳馬に続く存在だ。8勝のうち6勝は同年のクラシックを制した馬により挙げており、パントレセレブルとハリケーンランはその年のダービーを勝っている。しかし、トランポリーノ、カーネギー、サガミックス、レイルリンクは少し遅咲きな3歳馬と言える存在で、ニエル賞を勝って凱旋門賞を勝つという道を歩んでいる。

ニエル賞はファーブルが最も信頼する前哨戦だ。先述した5頭の3歳馬が勝っている他、唯一勝てなかったパントレセレブルは1.1倍の圧倒的なオッズで敗れたが、3週間後の凱旋門賞では見事に挽回。スウェイン、エリシオ、ボルジア、そしてピルサドスキーらを抑え、5馬身差の圧勝劇を披露した。

PEINTRE CELEBRE, OLIVIER PESLIERE / G1 Prix de l’Arc de Triomphe // Longchamp /// 1997 //// Photo by Phil Cole

ソジーはこれまでの遅咲きの勝ち馬と似ているが、春先にはダービーにも出走している。4月に前哨戦を勝つと、クラシック初戦のG1・仏ダービーでは3着、続く次走でG1・パリ大賞を制した。その後、ニエル賞では仏ダービー馬のルックドヴェガを破り、凱旋門賞の前売り1番人気に躍り出た。

「ソジーは前哨戦で同世代を相手に勝ち、古馬との対戦に駒を進めます。ただ、今年の3歳世代はトップクラスの強さではないように見えますね」

ヴェルテメール兄弟の自家生産馬について話が及ぶと、ファーブルはこのように話した。前走後の調整過程について尋ねると、「順調ですよ、順調です」と冷静な語り口で答えた。

名伯楽と称される彼は、これまでの経験から、過剰な期待や煽りに流されることの無意味さをよく理解している。

3歳世代に対する彼の見解は、今年の凱旋門賞は混戦だという世間一般の見解と一致している。ヨーロッパを代表するクラシック世代のエース格、シティオブトロイはBCクラシックのためにカリフォルニア遠征を計画しており、ルックドヴェガの敗北は少し期待外れなものだった。一方、古馬世代に目を向けても主役候補は不在だ。

Sosie wins Prix Neil at Longchamp
SOSIE, MAXIME GUYON / G2 Prix Neil // Longchamp /// 2024 //// Photo by Racingfotos.com

距離の壁

そのため、ファーブルはマルキーズドセヴィニエを5歳にして初の2400mに挑戦させる決断を下した。シユーニ産駒のこの牝馬は今年4戦全勝、うち3勝はG1レースだ。1850mのイスパーン賞では牡馬相手に勝利、マイルのロートシルト賞と2000mのジャンロマネ賞では牝馬を相手にG1制覇を収めている。

牝馬がこのレースを勝つのは2008年のザルカヴァまでは珍しかったが、2011年以降は牝馬が8勝、特に2011年からの8年間では牝馬が7勝という記録が残っている。2022年にアルピニスタが勝つまでは、牡馬が3年連続で優勝していたが、マルキーズドセヴィニエが再び牝馬に勢いを取り戻すかもしれない。

「良い牝馬です。末脚も鋭く、経験も豊富、ロンシャンでも実績があります。馬場についても心配はありません。チャンスは充分だと思っています」

父は7ハロンのG1を勝っているが、半兄はミアンドルだ。ミアンドルは凱旋門賞と同じ距離のG1を勝っており、その父はファーブル調教師が管理したスリッキーだった。

「距離延長については疑問の声もあります。はたして長い距離を走れるのか、私が間違っている可能性も捨てきれませんが、距離延長はこの馬にとって好都合だと思っています」

「スリッキーはマイル向きの種牡馬でしたが、シユーニは凱旋門賞馬も輩出していますから。距離についてはほとんど疑っていません」

ニエル賞はファーブルにとって成功の鍵となっている一方、過去の8勝は全て本番の3週間前に行われる凱旋門賞トライアルを経由してのローテだった。当時4歳のスボティカはフォワ賞2着から勝利し、前回の勝利であるヴァルトガイストもフォワ賞と凱旋門賞を連勝している。

PIERRE-CHARLES BODOUT, ANDRE FABRE / G1 Prix de l’Arc de Triomphe (Waldgeist) // Longchamp /// 2019 //// Photo by Geoffroy Van Der Hasselt

マルキーズドセヴィニエはそのパターンに当てはまらない。前走は8月18日のドーヴィル競馬場だ。しかし、ファーブルはそれについては気にしていないと話す。

「無理に走らせたくなかったんです。休み明けの方が良い走りをする馬ですし、険しいコースのドーヴィルで2回走っているわけですから。厩舎できっちり仕上げているので、調子は良いと思います」

第三の男

フランスで31回のチャンピオントレーナーを獲得しているファーブルは、セヴェナズナイトについても説明してくれた。

「フランス国内では最高峰のステイヤーでしょう。ですが、良い末脚や加速力も持ち合わせていますよ」

「もう少し雨が降ってくれると良かったのですが、レース前の数日間で雨が降るか、重馬場になるかは様子見中です。重馬場の方が向いていますから。良馬場でも悪くない馬ですが、スローな流れになった方が有利です。良い馬ですよ」

しかし、前走でG3・グラディアトゥール賞を勝ったように、2800mや3200m近い距離が得意なステイヤーが凱旋門賞を勝った例は殆ど見当たらない。ウェスターナー、ヴィニーロー、オスカーシンドラーといった長距離の名馬が見せ場を作ってきたが、勝利には手が届いていない。

それでも、マリエンバードは4歳シーズンは長距離を主戦場としており、5歳時に2400mの距離に戻って凱旋門賞を制した。

凱旋門賞の有力馬たち

もう一人の名伯楽、アイルランドのエイダン・オブライエン調教師はロスアンゼルスを筆頭に据えているが、ディープインパクト産駒のG1・6勝馬のオーギュストロダンも良馬場になればチームに加えるという。

ラルフ・ベケット厩舎のブルーストッキングは、牝馬トライアルのG1・ヴェルメイユ賞を勝ってここに臨むが、同じローテで凱旋門賞を勝った2頭のトレヴやザルカヴァには及ばないかもしれない。

一方、アルリファーはアイルランドのジョセフ・オブライエン調教師が管理しているが、騎手と馬主を通じて日本の期待を背負う一頭となっている。日本では『武豊の勝利は日本の勝利』と見られており、彼は日本競馬を世に広めた偉大な広告塔ともなっている。当日はJRAもパブリックビューイングを企画しており、彼が凱旋門賞を初めて勝ったなら、ロンシャンだけでなく東京競馬場も大盛り上がりになるだろう。

Al Riffa wins G1 Grosser Preis von Berlin
AL RIFFA / G1 Grosser Preis von Berlin // Hoppegarten /// 2024 //// Photo by Racingfotos
Shin Emperor ahead of the G1 Tokyo Yushun
SHIN EMPEROR, RYUSEI SAKAI / G1 Tokyo Yushun // Tokyo /// 2024 //// Photo by Akasabi

シンエンペラーも最近メディアの注目度が高まっており、その好調ぶりが報じられている。矢作厩舎の広報担当を務める安藤裕氏はIdol Horseの取材に対し、レース直前は通常のルーティーンで調整を行い、水曜の朝に軽い追い切りを行うと語った。

矢作調教師はこれまで、ドバイ、サウジアラビア、オーストラリアのビッグレースを制している。ヨーロッパは彼にとって最後の開拓地であり、凱旋門賞は彼にとっても、武豊にとっても、そして日本競馬全体にとっても、最大の目標となっている。

日曜日の凱旋門賞は、新たな歴史を創るレースになる可能性がある。過去の日本馬の挑戦を乗り越える、ディープインパクト、エルコンドルパサー、オルフェーヴルでも勝てなかった悔しさを過去にするレースとなるかもしれない。

あるいは、ファーブルがまたしても勝利を積み重ねるのか。

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍していた。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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