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「世界の舞台」北米の日本人騎手、木村和士騎手の夢への道程

カナダ・ウッドバインで3度のリーディング、木村和士騎手は今夏カリフォルニアに拠点を移し、早くもG1勝利を手にした。次なる目標は、ブリーダーズカップだ。

「世界の舞台」北米の日本人騎手、木村和士騎手の夢への道程

カナダ・ウッドバインで3度のリーディング、木村和士騎手は今夏カリフォルニアに拠点を移し、早くもG1勝利を手にした。次なる目標は、ブリーダーズカップだ。

ここはカナダ・オンタリオ州のフォートエリー競馬場、木村和士騎手が車を停めた。デルマー競馬場での夏開催、ボブ・バファート厩舎の馬でG1勝ちを収めてから数日後のことだ。この日はカナダ三冠の第2戦、プリンスオブウェールズステークスに騎乗するためやってきた。

彼は運転席の窓を開けた。

「すみません。今日乗るジョッキーなんですが、あちらに駐車できますか」

そう話しかけると、カナダ人らしい口調の女性が、明るく親切な言葉で道を案内する。

「駐車場は奥の方ですよ。行き方はご存じですか?ここを下って左に曲がってください。誰かに聞けば、教えてくれますよ」

「ありがとうございます」

彼がハンズフリー通話に戻ってきた。話が途切れたことを詫びると、数分後には目的地に辿り着いた。そして、話が再開される。カリフォルニアで騎乗した夏競馬での学び、チャンピオンとして圧倒的な成績を誇るウッドバイン競馬場を去った理由、そして野望について、話が始まった。

野望については、その道に迷いはない。競馬場の駐車場に行く道のように、そこまでのルートは理解済みだ。しかし、その道のりの中で人々の助けが必要なことも分かっている。

「目標はいつも高く掲げていました」

では、目指す先は『一番』なのか?

「100%、そういうことです」と彼はそう断言する。

「騎手の仕事は常にチャンスが必要で、毎日結果を出して、毎日成長する必要があります。今がステップアップに向けて良い機会ですが、それには実績が必要です。すでにチャンスと実績は掴んできましたが、高みを目指すにはもっと何かが必要なんです」

Woodbine's champion jockey Kazushi Kimura
KAZUSHI KIMURA / Woodbine // 2024 /// Photo by Mike Campbell

北米でのデビュー

2018年、木村は日本からカナダに渡った。18歳のときだった。JRAの競馬学校ではクラスの中で一番の成績を誇り、才能の片鱗はこの時すでに見えていたが、結果的に中退となった。自立心が強く、型にはまらない独自の考えを持つ彼は、規律を重んじる競馬学校のやり方には合わなかった。

敷かれた道に沿って競馬学校を卒業する道や、地方競馬でのデビューを目指すという安定した道もあったことだろう。実際、地方競馬ではJRAの競馬学校に入れなかった騎手がデビューすることも多い。

しかし、どちらのシナリオも木村の目標とは合致しなかった。単身でトロントに飛び、カナダのチャンピオン見習い騎手として2度のソヴリン賞受賞、北米全体のリーディング見習い騎手としてエクリプス賞受賞、そしてウッドバイン競馬場で3年連続のチャンピオンジョッキー獲得という華々しい活躍を収めた。

2023年には3回目のチャンピオンジョッキーに輝き、積み重ねた年間勝利数は161勝。2位のライバルに32勝差をつけ、獲得賞金額は710万カナダドルに達した。

2021年から2023年までの北米での年間勝利数はそれぞれ140勝、175勝、175勝。年間の獲得賞金額は510万ドル、770万ドル、810万ドルとなっている。

「多くの人から良い馬が回ってきやすいからウッドバインに残った方が良いとアドバイスされました。ですが、過去3年の成績は圧倒的でしたし、何か違うことをやった方が良いのでは、とも思っていました」

Kazushi Kimura wins at Woodbine
KAZUSHI KIMURA, SCAT FACTOR / Woodbine // 2024 /// Photo by Mike Campbell

ここまでの数字だけを見ると、カリフォルニアへの拠点変更を疑問視する声も挙がるのかもしれない。今年も残り約3ヶ月となった現時点で、勝利数は78勝、賞金額は480万ドルとなっている。デルマーの夏開催では18勝を挙げ、賞金は160万ドル、開催リーディングでは6位に入った。

「金銭面だけで言うと、ウッドバインで乗り続けた方が良かったかもしれません。賞金も悪くないですし、勝利数も増えたと思います。ただ、デルマーはトップクラスの舞台、馬の質も高いです」

数字面ではウッドバイン時代に及ばないかもしれないが、冬、今春、そして今夏とカリフォルニアで築いた人脈が花開きつつあるのも事実だ。デルマーでの最終週では、フィリップ・ダマート厩舎のハングザムーンでG2・ジョンC.マビーSを、ボブ・バファート厩舎のテンマでG1・デビュタントSを制している。

「正しい判断だったと思っています」と彼は言う。

「殿堂入り調教師の馬に乗ってG1とG2を勝てたことは、本当に嬉しかったです。ボブ・バファート調教師から依頼を貰ったことは大きな事です。今後に向けての励みにもなりました」

フランキー・デットーリ騎手、マイク・スミス騎手、フアン・ヘルナンデス騎手、フラヴィアン・プラ騎手、アントニオ・フレス騎手、ウンベルト・リスポリ騎手、これらの名騎手と競い合ったデルマーやサンタアニタでの経験が、自分を成長させてきたとも語る。

「彼らと競馬をする中で、いつも色々なことを学んでいます。成長も実感できます。カリフォルニアとウッドバインの競馬スタイルはちょっと違うんです。ウッドバインは直線まで脚を溜められます。コーナーを回って、いつでも加速体勢に入れるわけです」

「ですが、カリフォルニアでは流れに乗りながらポジションを取りに行く必要があります。特にダートではそうです。スタートから飛ばして、流れに乗りながら位置取りを奪いに行くことを学びました。ゲートから積極果敢に、それでもペースを維持して、コントロールしながら追走することが鍵でした」

Kazushi Kimura at Woodbine
KAZUSHI KIMURA, RO TOWN / Woodbine // 2024 /// Photo by Mike Campbell

デルマーで騎乗するという決断には、別の意味合いもあった。デルマーは今年のブリーダーズカップの開催地だ。11月初旬に行われるBCの2日間、そして過去2年騎乗してきたケンタッキーダービーは、自分の実力を世界に示す好機だと捉えている。

「デルマーのコースを体験することは重要でした。今ではこの競馬場を知っていると自信を持って言えますし、それが大きな鍵です。ブリーダーズカップを前にして、良い経験ができました」

「ブリーダーズカップでは良い馬に何頭か乗せてもらい、その馬で結果を出せることを願っています。1つでも勝ちたいですね。そうやって自分の腕を証明できれば、その実績は今後の騎手生活に役立つと思っています。コンスタントに良い馬に乗せてもらうには、こういうレースに勝たないといけませんから」

木村のブリーダーズカップでの騎乗馬はまだ確定的ではない。プリンスオブウェールズSの後は、ウッドバイン競馬場に戻る。そこでウッドバインマイル、E.P.テイラーステークス、ナタルマステークス、サマーステークスといった4つのG1レースに騎乗する予定だ。9月末の秋競馬が始まる頃にはサンタアニタに出向き、G1・カリフォルニアクラウンを筆頭にビッグレースでの騎乗を目指す。

「今はカリフォルニアとカナダを行き来して、ブリーダーズカップの騎乗馬を集めているところです」

ハングザムーンはBCフィリー&メアターフの有力馬になるかもしれないが、日本のアリスヴェリテからも騎乗依頼を受けている。マンダリンヒーローや、5着に入ったテーオーパスワードといった遠征馬でケンタッキーダービーに騎乗できたのも、母国との縁のおかげだと話す。

「昨年、マンダリンヒーローに騎乗してサンタアニタダービーで2着に入ったおかげで、中央と地方の両方から騎乗依頼の連絡が来るようになりました。信頼されるポジションになれて、本当に嬉しく思っています」

「地方競馬の人から日本で騎乗したいかとよく尋ねられます。ですが、冬の間はカリフォルニアで乗ろうと思っています」

Kazushi Kimura rides in Kentucky Derby
T O PASSWORD, KAZUSHI KIMURA / G1 Kentucky Derby // Churchill Downs /// 2024 //// Photo by Michael Reaves

目標は世界

24歳を迎えた木村は、まだ日本への帰国を考えていない。アメリカ、そして世界で名声を得ることが今の焦点だ。ウッドバイン制覇の次は、今度は南カリフォルニアを足掛かりにアメリカでの成功を目指している。それを達成すれば、次は東海岸やヨーロッパだ。ウェスリー・ウォード調教師との縁を活かして、ロイヤルアスコットでの勝利も目指している。

「今はアメリカ競馬で地位を確立することを目指しています。日本生まれ日本育ちとしては、世界の色々な国で乗ってみるのも良いかもしれません。10年後、35歳くらいになったら一度くらい、日本で冬の期間乗る機会が来るかもしれません。ですが、今はアメリカ競馬が優先です」

そして、若い日本人騎手はもっと海外経験を積むべきだとも考えている。彼の憧れ、日本競馬の第一人者でもある武豊騎手も同様の考えを述べており、8月に札幌で開催されたアジア競馬会議でその旨を語っている。

「武豊騎手は若い頃、カリフォルニアやフランスで乗っていました」

そう語る木村は、福永祐一騎手もカリフォルニアでの騎乗経験があり、自分と同じブライアン・ビーチ氏が現地でのエージェントを務めていたと話した。

「一人の日本人として、海外で経験を積む機会を追い求めています。日本は賞金レベルも高いですが、それでも海外に出て新しいことを学びたいんです」

「若手騎手の中には、色々なことを学ぶべくフランスやオーストラリアに数ヶ月間滞在する方もいます。ですが、自分はカナダで騎手生活をスタートして以来、そうした生活の中で学びを得てきました」

「海外を旅して良い経験を積んだことが、自分の為になっています。毎年どんどんと腕が上がっていますし、様々な場所を旅して色々な国で学べたことは嬉しい限りです。騎手としての経験やスキルの上達に役立っています」

Kazushi Kimura at Churchill Downs
KAZUSHI KIMURA / G1 Kentucky Derby // Churchill Downs /// 2024 //// Photo by Joe Robbins

彼は、これまでにやってきたことが他の若手日本人騎手を刺激し、自分に続く存在が現れることを願っていると話す。

「視野を広げて、何か違うことをするということです。例えば、JRA競馬学校の試験に落ちた方や、海外で騎手になりたいと思っている方もいるかもしれません。そういう人が自分の活躍を見て、『あの人みたいになりたい』と思ってくれるかもしれないんです。私を見て、夢を叶えてくれる人が何人か現れるかもしれません」

木村の夢はまだまだ道半ばだ。彼は、ブリーダーズカップは自分の知名度を高めるための『鍵』だと改めて話す。

イラッド・オルティス騎手、ライアン・ムーア騎手、クリストフ・ルメール騎手、ジョアン・モレイラ騎手、クリストフ・スミヨン騎手、ジェームズ・マクドナルド騎手、ザック・パートン騎手、デットーリ騎手、そして武豊騎手。彼らと同列で語られる日が来るためには、こうした大きな勝利が必要だと悟っている。

それが彼の野望であるならば、今のところ道のりは順調だ。フォートエリーはケンタッキーダービーの舞台ではなく、最終地点でもなんでもない。ここまで歩んできた旅の途中の、立ち寄り先に過ぎない。

プリンスオブウェールズステークスでは7着に終わったが、4日後のウッドバインではケヴィン・アタード厩舎のフルカウントフェリシアに巡り会い、G1・E.P.テイラーSで見事な逃げ切り勝ちを披露した。

Kazushi Kimura and Full Count Felicia
KAZUSHI KIMURA, FULL COUNT FELICIA / G1 E.P. Taylor Stakes // Woodbine /// 2024 /// Photo by Woodbine / Michael Burns

彼はすでに、道なき道を進む勇気と、自分が望む場所に進むべく正しい決断を下す決意を持っていることを示している。荒れた道も平坦な道も進み続け、自分の選択で生きていく。これが木村流のやり方だ。

「騎手としての仕事、騎手人生は20年、30年に渡って続きます。良いことも悪いことも起こると思います」

「流れに乗ること。波に乗るだけです」

しかし、この『落ち着いた』雰囲気に惑わされてはいけない。木村にとっての波は激しく速く動いており、徐々に大波へと変わりつつある。11月のデルマーでは、その大波がブレイクするかもしれない。

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍していた。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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