インヴィンシブルアイビスの香港ダービー制覇が証明、ニューナム調教師の勝負強さは本物だ
3度目の香港ダービー制覇を勝ち取り、勝負強さを改めて知らしめたヒュー・ボウマン騎手。香港3年目のマーク・ニューナム調教師もまた、その腕前と勝負強さを印象づけた一人だった。
インヴィンシブルアイビスの香港ダービー制覇が証明、ニューナム調教師の勝負強さは本物だ
3度目の香港ダービー制覇を勝ち取り、勝負強さを改めて知らしめたヒュー・ボウマン騎手。香港3年目のマーク・ニューナム調教師もまた、その腕前と勝負強さを印象づけた一人だった。
2026 03 24“大レースで強い騎手”と呼ばれるジョッキーがいるのには、理由がある。
ヒュー・ボウマン騎手は以前からその異名を確立してきた。そして日曜の香港ダービー、馬群が向正面へ向かって3コーナーを回っていたその時、オーストラリアの名手は、インヴィンシブルアイビス陣営がその評判を信じて依頼した理由を、自ら証明してみせた。
「ジェリー、ジェリー!」とボウマンは声を上げた。その口調は、まるでろうそくの火に手を伸ばそうとする子供に注意するかのようだった。
エンブレイゾンに騎乗したジェリー・チョウ騎手は、ボウマンの外でわずかに前にいた。何とか十分な進路を見つけて、2頭並びの後ろへ潜り込もうと必死だった。
だが、ボウマンに譲る気はない。インヴィンシブルアイビスは3番枠から出て、先行馬を前へ行かせ、自身はラチから1頭外の7番手という位置を確保していた。そのポジションを失い、ラチ沿いへ押し込められれば、マーク・ニューナム調教師が何か月もかけて積み上げてきた周到な準備と計画が崩れかねないと分かっていた。
トレーナーは、後方からじっくりと勝機を伺うボウマンの騎乗スタイルをよく熟知している。
レース後、「彼の騎乗はいつもドキドキですよ」とIdol Horseの取材に答えるのは、インヴィンシブルアイビスのマーク・ニューナム調教師だ。
「ですが、結果を出してしまうのですから疑いようがありません。今日のレースもそうです。こちらは馬をできる限り整え、このレースに合う馬を用意できていました。流れが速くても遅くても、慌てない騎手だと分かっていました」
「彼が長年あれだけの実績を積み上げてきたのは、正しい判断を下せるからです」
大舞台での実績に定評があるボウマンにとって、今回が3度目の香港ダービー制覇だった一方で、ニューナム師もまた自らの評価を築きつつある。
いまや大舞台に強い調教師としてだけでなく、シャティンのオリンピックステーブルに拠点を置く指揮官としても、その存在感を高めている。厩舎地区の一つであるオリンピックステーブルは、しばしば不振と不満の代名詞のように語られてきた施設でもあった。
ニューナム師はそうした負の流れを変え、支援の輪も着実に広がっている。そして、その進歩も速い。香港競馬でのキャリアは3シーズン目の半ばにすぎないが、すでに調教師リーディングを僅差の2位で追い、香港ダービー直前のハッピーバレー開催では5勝を挙げていた。
ニューナム師がシャティン競馬場のスタンドから香港ダービーを見守るなか、各馬は向正面を進み、チョウはボウマンの左側に馬を寄せる。まだ内へ潜り込もうとしながら、ボウマンの進路方向へとじわじわ寄っていった。
ボウマンが着けたジョッキーカメラの無編集音声は、その一部始終と、香港ダービーの明暗を分けた一瞬の判断を物語っている。インヴィンシブルアイビスは素直に前へ進んだ。
「ジェリー、ちょっとさぁ、頼むよ」とボウマンは言った。だが、チョウはボウマンの前に当たるポジションを欲しがった。
「ジェリー!」と彼は叫んだ。今度の声は厳しく、鋭いうなり声のようだった。その直後、周囲の騎手たちからも声が飛び、ボウマンの呼びかけを後押しした。
結果、チョウは引き下がって外へと動いた。だが、それでもボウマンが置かれた状況は変わらず、エンブレイゾンは周囲を飛び回る虫のように厄介な存在だった。
「ジェリー、離れろ!」と、ついにボウマンは怒鳴った。重要な局面、大レースで培った本能が前面に出たのだ。馬群が向正面の先のコーナーへ向かって駆けていく中、レースはまさに熱を帯びようとしていた。
ボウマンはインヴィンシブルアイビスに、エンブレイゾンの内を通り、きわどい馬群の間を通り抜けるように進路を取った。そして人馬はその狭き道へと突き進んだ。
それは長い一瞬だった。G1実績豊富な騎手がもたらす“差”と、調教師の準備と細部へのこだわり。その両方を際立たせる場面だった。
二人の判断はいずれも極めて重要だった。少し前までのインヴィンシブルアイビスなら、外から受けるプレッシャーにひるんでいたかもしれない。そうした弱さがあれば、香港ダービー制覇の望みはそこで絶たれていたかもしれない。
「インヴィンシブルアイビスは最初の頃、馬群の間に入るのを少しためらうところがありました」とニューナム師は振り返った。
だが、ニューナム師がインヴィンシブルアイビスの育成に注いできた時間は、綿密に計画され、見事に香港ダービー制覇という形で報われた。
この騸馬は昨季2戦を走って、いずれも2着。それは4歳シーズンへ向けて、シャティンでどう走るかを学ばせる重要な教育の期間でもあり、香港ダービーを狙える馬になるかもしれないという期待を育てる過程でもあった。
「このレースに出走できる馬にはなると思っていました。勝ち切れるだけの力があるとは、その時点では言えませんでしたが、ここまでは来ると思っていました。シーズンを通じて成長するにつれ、やれるという自信は強くなっていきました」
「まず大前提として、才能が必要です。そのうえで、その馬に合った準備をしてやることです」

ニューナム師は、香港へ移るずっと前から香港競馬を熱心に学んできた人物だった。
実際、その原点はシドニー時代まで遡る。かつてのボス、ゲイ・ウォーターハウス調教師の厩舎で助手を務め、自らレースにも騎乗していた頃の話だ。そして前年には、マイウィッシュを厩舎初の香港ダービー出走馬に導き、その仕上げを見事にやってのけていた。
だが、厳密に言えばあとわずかに届かなかった。マイウィッシュは香港クラシックマイルを制し、香港ダービーでも最後方から鋭く追い込み、勝ち馬からアタマ差の2着まで迫った。
だが重要なのは、ニューナム師は香港ダービー初挑戦ながら、香港ダービー当日に馬をピークの状態へ持っていけることを示した点だ。年長馬を相手にハンデ戦でクラスを上げながら、クラシックシリーズに向けた路線を進む香港競馬の環境では、それは決して容易いことではない。
今回の香港ダービー制覇は、マイウィッシュでの成功が一度きりではなかったことも示した。
計算された5戦のローテーション、インヴィンシブルアイビスはそれを経てクラシックへと送り込まれた。今季初戦は3着に終わるも、その後は4連勝の快進撃。そのうち3勝は、チャンピオンジョッキーのザック・パートン騎手とのコンビで挙げたものだった。
香港クラシックマイルまでの準備で唯一の狂いがあったとすれば、それはパートンの離脱だった。だが、それすらもニューナム師の手腕を示す場面になった。王者の判断を待つことはなく、クラシックマイルへ向けた前哨戦の段階でボウマンにスイッチ。ここで新たな相棒とのコンビが誕生した。
香港クラシックマイルで敗れたときも、ニューナム師の視線は香港ダービー制覇という定めた目標からぶれなかった。そして、インヴィンシブルアイビスの香港クラシックカップ2着は、いかにも計算されたダービー前哨戦という内容だった。
「今季序盤の数戦では、少し控えめに運び、リラックスして走ることを教えてきました。そのことで馬自身も自信を深めてきたと思います」とニューナム師は準備の狙いを明かす。
「今週の動きを見て、距離はこなせるとかなり自信がありました。血統だけ見れば2000メートル向きとは強く言えませんが、この馬の雰囲気はそう示していました」
「そして騎手も適任でした。ジョッキーはこれで香港ダービー3勝目ですし、プレッシャーが懸かるレースになればなるほど、ヒュー(ボウマン騎手)に乗ってほしいですね」
チョウとエンブレイゾンを振り切ると、ボウマンはインヴィンシブルアイビスをリズム良くコーナーへ運び、最後の4角ではジュノープライドの後ろで流れに乗せた。
そこから外へ持ち出して一気に加速し、逃げるナンバーズを交わして勝利をつかむまで、ボウマンはインヴィンシブルアイビスを馬上から声で力強く鼓舞し続けた。

香港競馬での3シーズン目半ばにしての香港ダービー制覇は、ニューナム師にとって、自らの目利きの証明する絶好の機会となった。ニュージーランドの未出走馬だったインヴィンシブルアイビスを初めて見た日に、何か特別なものを感じ取っていたと語ることもできただろう。
だが、それは明らかに彼の流儀ではない。本人の口ぶりは、むしろ手の届く範囲で掴んだのがこの馬だった、というものだった。
「(輸入用に購入する)候補は5頭か6頭いましたが、ほかは競り負けました。手持ちの予算は200万香港ドルで、たしかほぼ上限まで使ったと思います」
ニューナム師はそう言い、2023年11月のニュージーランド・ブラッドストック・レディ・トゥ・ランセールにて、42.5万NZドル(約190万香港ドル、約3900万円)を投じてインヴィンシブルアイビスを落札した当時を振り返った。
(訳者注記:レディ・トゥ・ランセールはNZ国内のトレーニングセール)
彼はアイビスシンジケートのためにインヴィンシブルアイビスを見つけてきた。それ自体が、香港でのニューナム師の立ち位置を物語っている。関わっている顔ぶれを見ればなおさらだ。
ダニエル・ジガル氏、トニー・ソウザ氏、ニック・エッチズ氏、そして名門で影響力の大きい李家のシャーメイン・リー氏。いずれも香港ジョッキークラブ(HKJC)を長く支えてきた面々であり、香港ダービーは彼らにとって頂点のレースだ。ニューナム師はそれを彼らにもたらした。
そしてインヴィンシブルアイビスは、出走馬随一の逸材と呼べる馬ではなかったかもしれない。だが、それは問題ではない。ニューナム師が手がけるに足る才能を備えていたからこそ、馬が一生に一度しか走れないこのレースで、その一度きりの勝負をものにすることができたのだ。
ほかの何人かの調教師は香港ダービーへの臨戦過程で不運に見舞われたり、判断を見誤った。ジミー・ティン調教師はリトルパラダイスの二冠目敗戦から立て直せず、香港クラシックマイルで見せた輝きを取り戻すことはできなかった。ピエール・ン調教師もまた、サゲイシャスライフのシーズン序盤の勢いをクラシックシリーズへ持ち込めなかった。
その一方でニューナム師は、「誰もが勝ちたいレース」と言われながら、実際にはそんな決まり文句以上の意味を持つこの一戦へ向け、理想的な勝利への道筋を描き、見事に完遂させた。
香港ダービーは、香港競馬の中心と言っていいレースだ。馬主たちが海外セールで資金を投じ、ロイヤルアスコットやオーストラリアの主要開催で実績を積んだ高額馬を探させる原動力であり、その後2、3シーズン先までの一線級の勢力図を形作る。
ボウマンのように大舞台で実績ある騎手が一流馬の依頼を集めるのと同じように、この特別なレースを勝てる有力馬を見つけ出し、仕上げられる見識と馬づくりを示した調教師の評価は大いに高まる。より多くの馬主が集まり、より多くの資金が集まり、より良い馬が厩舎に入ってくる。
「私の調教師キャリアにおける最大の勝利です。私は昔ながらの競馬人ですから、ダービーこそ真価が問われるレースです」
「これは大きな一歩です。香港ダービーにはこれまで2頭を送り出し、初年度はほんのわずかで敗れ、2年目で勝てました。注目度、重要性、そこまでの盛り上がりという意味で、これは香港のメルボルンカップです」
「昨季からここを目標に積み上げてくる馬もいますし、3歳馬がレースを勝てば、最初に聞かれるのは『ダービーを狙える馬か』ということなんです」
インヴィンシブルアイビスは、まさにそういう馬だった。そして今も、そうであり続けている。ボウマンがダービーを勝つ騎手であり、ニューナム調教師がいまやダービーを勝てる調教師であるのと同じように。