バウルジャン・ムルザバエフは33歳。うち約29年間、馬に乗り続けてきた。だからこそ、鐙に足をかけず、両足を地面につけたまま過ごすこの14か月が、どれほど別世界だったかは想像に難くない。
だが、2024年11月30日の衝撃的な落馬で胸椎第5・第6(T5・T6)を骨折したあと、彼はレースへの復帰を現実的に見据えられる立場にいること自体が幸運だと受け止めている。手術はすでに終え、体力の回復に集中しつつ、ベルリンのホッペガルテン競馬場で4月に復帰することを前向きに見据えている。
「すべて前向きで、いい感じです。常に前向きでいようと思っています」とムルザバエフはIdol Horseに語った。
ドイツのリーディングジョッキーに4度輝いたムルザバエフは、4歳か5歳の頃に初めて馬の手綱を取り、母国カザフスタンで騎乗の才能で頭角を現していた。
「馬と一緒にいるようになってから、これほど長いあいだ馬から離れたのは初めてです。いまは(騎乗に関する)すべてから完全に離れています」とムルザバエフは続けた。
「僕は7歳のとき、カザフスタンで長距離のレースに乗っていました。ポニーではなく、大きい馬です。そのレースに乗ったあと、競馬場で行われる通常のレースに切り替えました。だから、この1年は変な感じでした。でも、いまはまた始められます」
それでもムルザバエフは、復帰を早めたい衝動を抑えてきた。身体が回復するあいだ、カザフスタンで家族と過ごし、ここから先も急ぐつもりはない。骨の治癒を支えてきた固定用金属を取り除く手術から6週間が経ったが、カタールのアルライヤン競馬場で地面に叩きつけられたあの日以来、初めて鞍にまたがるその日まで、まだ6週間残る。
「プレートもスクリューも全部抜けました。医師も順調だと言っています」と彼は言った。
ただし、騎乗を始めていいわけではない。まだ先だ。
「まだ医師から許可が出ていません。100パーセントを目指すなら、手術後に3か月は必要だと言われました」とムルザバエフは続けた。「いまは6週間が過ぎたところで、残りはあと6週間あります。だから3月の半ばには乗れるようになって、調教に戻れるといいなと思っています。そうなれば4月にレースへ戻れます。4月はドイツでは重要で、クラシックシーズンの始まりです」
「最後に馬に乗ったのは、落馬したときです。あれから1年以上。とても、とても長い時間です」

ムルザバエフは、まだ強度の高いトレーニングは始めていない。それは次の段階になる。手術からの回復を最優先にし、負荷を上げすぎてその経過を危険にさらすつもりはなかった。
「いまは日々、体力を高めていけます」と彼は言った。「手術のあとはゆっくり進める必要がありましたが、いまは始められます。回復の過程でも、完全なコンディションへ近づいていきたいとずっと思っていました。やりすぎて途中で止まるのではなく、準備が整うまで、毎日少しずつ積み上げていくんです」
ムルザバエフは、ドイツでのボスである調教師ペーター・シールゲンとの再会を楽しみにしている。あわせて、ワスナンレーシングを後ろ盾に世界的に名を上げつつあるカタールの調教師ハマド・アル・ジェハニとも、再びつながることを待ち望んでいる。
「4月に復帰できたら、ペーター・シールゲンの主戦騎手に戻ります」と彼は言った。「それに、カタールの調教師ハマド・アル・ジェハニからも何鞍か回ってくるかもしれません。彼は昨年、フランスとイギリスで馬を走らせて、ドイツでもグループレースを勝っています。だから、彼の馬にも乗れるチャンスがあります」
さらに先を見据え、ムルザバエフは日本との縁を再び生かしたいと考えている。彼が日本中央競馬会(JRA)で短期免許を取得した直近は2024年初頭で、その期間に21勝を挙げた。
「冬に、たぶん」と彼は付け加えた。「そのときにまた日本へ行ければと思います」