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「厩舎の裏方」香港競馬の次世代を担うアシスタントトレーナーたち

厩舎のアシスタントトレーナーは、大きなプレッシャー、高い期待、そして短期間での急成長が求められる、過酷な仕事だ。香港競馬が誇る勤勉な『A.T.』たちは、厩舎の成功のために重要な役割を担っている。

「厩舎の裏方」香港競馬の次世代を担うアシスタントトレーナーたち

厩舎のアシスタントトレーナーは、大きなプレッシャー、高い期待、そして短期間での急成長が求められる、過酷な仕事だ。香港競馬が誇る勤勉な『A.T.』たちは、厩舎の成功のために重要な役割を担っている。

香港におけるアシスタントトレーナーの仕事は、単なる『副責任者』ではなく基本的な厩舎運営から競走馬の獲得、さらに外国人調教師の場合には広東語と英語の通訳まで多岐にわたる。

それはまた、地元の次世代調教師が選ばれるところでもある。

香港には2024-25年シーズンに22人の免許を持つ調教師がおり、うち8人は外国人、14人はHKJC(香港ジョッキークラブ)の地位を経て実績を積んできた『地元』出身者だ。

これらの『地元』出身者は、香港の競馬界で最も過酷で重要な仕事のひとつであるアシスタントトレーナーとして長く働かなければならなかった(伝説の元チャンピオンジョッキーであるトニー・クルーズを除く)。

香港における調教師ライセンスの取得プロセスは、ヨーロッパ・オセアニア・北米とは異なる。香港では、年齢と成績によって調教師が『引退』する。HKJCは最近、定年年齢を70歳まで延長し、一定の条件を満たせば75歳まで延長されるようになった。

現在、香港の調教師のうち10人が60歳以上で、そのうち6人が65歳以上だ。このため今後数シーズンで香港の調教師のランクは劇的に変化する可能性がある。

経験豊富な調教師が引退するため、海外からトップ調教師を補充することに加え、香港ジョッキークラブは有望なアシスタントトレーナーを昇格させて上の地位に就かせることも行うことになる。

海外の厩舎では、アシスタントトレーナーは基本的に調教師に雇用されるが、香港ではアシスタントトレーナーは香港ジョッキークラブの従業員であり、管理部門によって指定された厩舎へ配属される。ポジションが空いた際には、他のアシスタントポジションへの異動を申し出ることが出来る。

厩舎の成功において最も重要な役割を果たすのは調教師だが、アシスタントトレーナー(A.T.)が裏方として提供するサポートは欠かせないもので、優れたA.T.の存在は成功への鍵となる。

Assistant trainer Eric Yiu
ERIC YIU / Sha Tin // 2023 /// Photo by Lo Chun Kit

一方、調教師とうまく連携出来ず、厩舎スタッフから尊敬されないA.T.は、結果的に厩舎運営に悪影響を及ぼす可能性すらある。

多くの外国人トレーナーは広東語を日常会話レベルで話すことが出来ないため、A.T.は通訳としても重要な役割を果たす。厩舎のボスがスタッフを理解する手助けをするだけでなく、香港競馬の文化を理解する手助けもしている。

チャンピオンアシスタント:
フランキー・ロー

フランキー・ロー・フー・チュンは、調教師としてわずか数年で目覚ましい成功を収め、G1・香港カップや香港ダービーで優勝し、開業5シーズン目にはリーディングトレーナーのタイトルを獲得した。

彼は2人のチャンピオントレーナー、ジョン・ムーアと、特に大きな影響を与えたジョン・サイズの下で修行を積んだ。ローは、アシスタントトレーナーとしての努力が現在の成功の最良の基盤を築いたと述べている。

Frankie Lor and John Size
VICKY TANG, FRANKIE LOR, JOHN SIZE, JOAO MOREIRA, LILY CHENG / Sha Tin // 2017 /// Photo by Lo Chun Kit

「私は21年間アシスタントトレーナーを務めました。昇進していなかったら世界記録を樹立していたかもしれません!」

ローはアシスタントトレーナー時代を振り返り、冗談を交えながら話す。

「アシスタントトレーナーが直面するプレッシャーを低く見積もらないで欲しいです」

「彼らの基本的な任務には、朝に調教師と共に厩舎を見回り、各馬の怪我の治療を監視し、すべての競馬規則を把握することが含まれます」

「ジョン・ムーアの厩舎で働いていたときのことを覚えています。それは調教の『少林寺』のようでした。ムーアの要求は非常に厳しいもので、常にノートを持ち歩き、厩舎のことを考えて夜中に目が覚めることもありました。その時は楽ではありませんでしたが、間違いなくしっかりとしたスキルを身につけることが出来ました」

引退ジョッキーの道:
ヴィンセント・シット

騎手と調教師の関係は深く結びついている。騎手が引退後に厩舎での役割に移行することは自然なことであり、香港の現在の『地元』調教師のほとんどはかつて騎手だった。特にクルーズ、ロー、フランシス・ルイ、リッキー・イウ、ダニー・シャムが有名だ。

Jockey Vincent Sit
VINCENT SIT, SOLAR ENERGY / Sha Tin // 2008 /// Photo by Kenneth Chan

現役のアシスタントトレーナー(A.T.)の中には、従化トレセンのデヴィッド・ホール厩舎のキャロル・ユー・ウィングシーなど、元騎手も多数いる。

ジャッキー・トン・チキット(トニー・クルーズのA.T.)、ジム・ウォン・チフン(デヴィッド・ヘイズのA.T.)、ポール・ロー・パクヒン(ピエール・ンのA.T.)、ベン・ソー・タクフン(ダニー・シャムのA.T.)、ウェイ・リョン・ミンワイ(マイケル・チャンのA.T.)、そしてヴィンセント・シット・シュンケウンがいる。

シットは現在、フランシス・ルイ厩舎のアシスタントトレーナーを務めている。ルイ厩舎は規模を拡大しており、最近のシーズンでは香港のトップ3厩舎としての地位を確立している。

「私が働いている厩舎は大規模なので、アシスタントトレーナーとしては調教師の負担を減らす必要があります」とシットは言う。

彼はA.T.になる前、リッチタペストリーの調教助手として頻繁に海外に行っていた。

「今シーズン、厩舎にはクラス4の優秀な若駒が多く、皆似たようなレーティングです。フランシスがレーススケジュールを組んでいるとき、馬の最新情報を集めて簡潔に報告し、フランシスがより良い戦略的な決定をより簡単に下せるようにすることが私の役割です」

「馬の世話をする他にも、アシスタントトレーナーとして厩舎スタッフと交流して、厩舎の士気と調和をうまく維持する必要があります。幸い、私たちの厩舎には強い階級意識はなく、全員がボスの成功を助けることに全力を尽くしています」

元騎手であるシットは攻馬手にも指示やアドバイスをしているが、能力は人それぞれ異なることを理解しており、これがアシスタントトレーナーが人材管理スキルを伸ばせる部分だ。

シットは経験の浅いスタッフを扱うときは辛抱強く接し、より良い方法で彼らを導くことを意識している。

未来のスター候補:
エリック・イウ・ホーフォン

エリック・イウは、数年間厩舎で働いた後、2018/2019年シーズンに父のリッキー・イウ厩舎のアシスタントを務めた。この間に厩舎は香港ダービー、G1・スチュワーズカップ、リーディングトレーナーのタイトルを獲得した。

Andrea Atzeni, Eric Yiu
ANDREA ATZENI, ERIC YIU / Photo by Idol Horse

「ボスのビジョンは明確です。厩舎の長期的な発展には新しい血を取り入れることが不可欠であることを分かっています」

ワールドチャンピオンのスプリンターである、セイクリッドキングダム、アンバースカイ、フェアリーキングプローン、ブリッシュラック、ヴォイッジバブルなどの才能ある馬を発掘した父親の並外れた実績に敬意を表している。

「厩舎の一般的な管理と調教の仕事に加え、彼は私に若駒の調達に関する知識も求めています。技術の進歩により競売記録の調査は以前よりも容易になり、海外のエージェント、調教師、獣医との連絡も容易になりました」

「これが今後の傾向であり、競争はますます激しくなると思います。アシスタントトレーナーとして、この機会を逃さず、学びを得て成長しなければなりません」

海外での経験:
ジョーンズ・マー・ポーチュン

香港で調教を行っている外国人調教師は皆、高い評価を受けている。彼らの調教技術は間違いなく優れているが、当初はシステムとスタッフへの理解が不足していた。ジェイミー・リチャーズ調教師は香港で2シーズンのレースを経験し、中堅に定着するのに充分な成績を収めている。

Assistant trainer Jones Ma and jockey Zac Purton
JONES MA, ZAC PURTON / Photo by Idol Horse

アシスタントトレーナーのジョーンズ・マーは以前、リチャード・ギブソン厩舎のA.T.を務めていたこともあり、欠かせない役割を果たしてきた。

マーは海外で経験を積む道を歩み、香港で調教師になった他の何人かも同様に海外での道を歩んでいる。例えばカナダで経験を積んだクリス・ソー調教師や、英国へ渡り見習騎手として騎乗しながら厩舎運営の実務経験を積んだマイケル・チャン調教師もその一人だ。

マーは若い頃にメルボルン大学で馬管理プログラムを修了し、騎手と調教師の免許を取得し、競馬のキャリアにしっかりとした基礎を築いた。

「オーストラリアに住み働いたことで、外国人調教師と英語でコミュニケーションをとることには慣れています」

「今のボスのもとで働き始めた頃は、アシスタントトレーナーとしての厩舎での一般的な仕事に加え、厩舎スタッフや地元の競馬場とのコミュニケーション、特に『プロテクション』や『トランプカード』といった出馬投票ルールなど、香港の競馬に適応する手助けをしました」

「ボスは今では香港の事情に慣れており、厩舎全体のさらなる向上を期待しています」

ゼロからのスタート:
エイドリアン・チョウ・シュイ・ルエン

ほとんどの調教師は何らかの競馬の経歴を経て地位を上げるのだが、エイドリアン・チョウは違う。チョウは現在、強大なサイズ厩舎のアシスタントトレーナーを務めているが、ゼロからスタートした例だ。

Assistant trainer Adrian Chow and jockey Zac Purton
ADRIAN CHOW, ZAC PURTON / Photo by Idol Horse

「私の家族には競馬の経歴がなく、私が就職先を探していた当時、競馬業界の募集はほとんどありませんでした。香港ジョッキークラブに手紙を送ることしか出来ませんでしたが、驚いたことに返事が来ました」

「最初は5年間競馬学校で働き、その後シャティンの厩舎に移り、幸運にもトニー・ミラード調教師のところで厩舎長になりました。また経験を積むためにオーストラリアとイギリスに渡り、若駒の調教と繁殖事業に携わった後、香港に戻りました」

2016年、リッキー・イウ厩舎のアシスタントトレーナーとして働くことになった。その後、ジミー・ティンの厩舎でアシスタントトレーナーとして働き、その後サイズ厩舎に加わった。

「その過程はそれほど簡単ではありませんでしたが、最終的には競馬業界で働くという夢を叶えられました」と彼は付け加えた。

チョウは、目標を達成するための忍耐と献身が報われること、そして競馬業界への一般的なルートだけが唯一ではないことを示している。

今日、香港の競馬業界への道はより多様化しており、香港ジョッキークラブは若い才能を採用するための広範なプログラムに投資している。

香港ジョッキークラブが見習騎手学校を通じ若い騎手を育成する努力はよく知られているが、競馬研修生プログラムを通じて、レースでは乗らないものの沙田と従化にある厩舎での重要な一員となる若者も採用している。カイル・ライ・チミンはその一例で、現在はティン厩舎のアシスタントトレーナーを務めている。

香港の調教師全体は高齢化しているが、アシスタントトレーナーの道を歩む優秀なホースマン・ホースウーマンたちのおかげで、将来は明るいようだ。

ロイ・リー、Idol Horseの記者。若いながらも経験豊富な彼は、香港のオリエンタル・デイリー(東方日報)や、香港ジョッキークラブ(HKJC)のスピードパワーチームで勤務した経験を持つ。その後、HKJCでは騎手との調整役を任され、外国人騎手の手配などを行った。

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