競馬という世界で、15年という月日は長い。
21歳の天才ジョッキーが、36歳の百戦錬磨のベテランになるのに十分な時間だ。ダグラス・ホワイト騎手の黄金時代が終わり、香港競馬がザック・パートン騎手の独壇場へと移行するのにも十分な年月である。記憶が移り変わり、ひとつの騎手人生の軌跡が描かれていくには、余るほどの時間だ。
2010年、マキシム・ギュイヨン騎手は初めて香港に降り立った。香港ジョッキークラブ(HKJC)が腕試しとしてスカウトしてきた、まだ大きくは注目されていないものの、ハングリーで才能に満ちあふれた若手有望株だった。
そんな彼が足を踏み入れたジョッキールームは、全盛期の猛者たちで溢れかえっていた。ホワイトが王座に君臨し、ブレット・プレブルは絶好調。ダレン・ビードマン、ジェラルド・モッセ、ジェフ・ロイドは、何十年もの経験と鋭い駆け引きを武器にしていた。
そして、若手時代のパートンが、負けじとその背中に食らいついていく。まさに、気持ちで負ける者に居場所はない環境だった。
現実は早々に突きつけられた。ギュイヨンは4開催連続で勝利なしに終わった。香港では、それだけで若手騎手が足場を固める前に心を折られてしまうこともある。しかし、一度足場を見つけると、ギュイヨンは止まらなかった。
彼は15勝、勝率にして約9%という数字を記録した。この顔ぶれに混ざった新人としては、驚異的な成績だった。だが、彼を忘れがたい存在にしたのは、その数字ではなく、アンビシャスドラゴンとのコンビだった。
昇り竜の如く台頭したアンビシャスドラゴンは、クラス3の条件戦から香港クラシックカップ、そして香港ダービー制覇へと、わずか70日の間に駆け上がっていった。その4連勝は、まるで運命に導かれているかのような絶好調ぶりであり、ギュイヨンは一夜にして熱狂的な支持を集める存在となった。
ギュイヨンはIdol Horseの取材に「素晴らしい経験でした」と振り返る。大切な思い出を振り返るような、温かい声だった。
「当時は初めての海外遠征でしたから。アンビシャスドラゴンであのレースを勝ったことは……私にとって大きな意味がありました」
しかし、香港競馬は気まぐれだ。勢いに乗ることを期待して翌シーズンに戻ってきたギュイヨンだが、その勢いがみるみる失われていくのを目の当たりにすることになった。アンビシャスドラゴンの鞍上を失い、勝ち星は遠のき、106戦でわずか5勝。
そして、下級条件戦でキース・ヤン騎手に鞭が接触した騎乗停止処分を受け、二度目の香港滞在は幕を下ろした。世の中の仕組みをまだ学んでいる最中の若手騎手にとって、シャティンで運命がいかに早く暗転しうるかを教える、厳しい教訓となった。
「香港は……簡単ではありません。短期免許で来るわけですから、すべてが上手くいく必要があります。1ヶ月という期間は、長くもあり、短くもあります」
ギュイヨンは今、当時とは違う形で“長くて短い1ヶ月”の意味を理解している。騎乗馬を必死に探しているときは1ヶ月が果てしなく長く感じるが、物事が噛み合い始めれば、一瞬で状況はひっくり返るのだ。
今、ギュイヨンは目を輝かせた神童としてではなく、ヨーロッパで最も実績のある騎手の一人として戻ってくる。
これまでに世界11の国・地域で、勝率15%前後で通算3200勝近くを挙げてきた。ソロウ、ロペデヴェガ、フリントシャーといった世界の名馬に騎乗し、G1・55勝をマークしている。フランスのリーディングジョッキーには通算4度輝き、そのうち3度は3年連続で手にしたタイトルだった。今季はクリスチャン・デムーロ騎手に次ぐ2位だった。
幸いなことに、ギュイヨンの香港での物語は、アンビシャスドラゴンで止まることも、あるいはキース・ヤンへの一件という不名誉な形で終わることもなかった。ギュイヨンはその後もビッグレースのために香港へ戻ってきており、2014年にはフリントシャー、2023年にはジュンコでG1・香港ヴァーズを制している。
これらの勝利は、香港という舞台が依然としてギュイヨンに合っていること、そしてこの街が彼の才能を決して忘れていないことを思い出させるものだった。
「毎年上達しようと努力しています」と彼はシンプルに言う。「今の自分の方が良い騎手になれていると思います。そうであってほしいですね」


ギュイヨンが戻ってくる香港もまた、15年の歳月を経て変化している。
ジョッキールームのベテランたちは姿を消し、ルーク・フェラリス、アンドレア・アッゼニ、ライル・ヒューイットソンといった若手たちや、力をつけてきた地元ジョッキーたちへと世代交代が進んだ。
彼らは皆、限られたチャンスを奪い合っている。同郷のアレクシ・バデル騎手も本来のパフォーマンスを取り戻している。地元出身の調教師たちはこれまで以上に力を付け、新たな波としてやってきた外国人調教師たちが、全体のプロ意識やコミュニケーション、戦術面の鋭さを底上げしている。
「新しい調教師や騎手がたくさんいますね」とギュイヨンは言う。「オーストラリア人も何人か……新しい人たちが自分のことを知ってくれているかは分かりません。まずはやってみないと、ですね」
昔の常連組の話題を向けると、「15年前のジョッキーはとてもタフでした。ホワイト、プレブル、ビードマン、モッセ。みんな私よりずっと年上で、強かった」と彼は語り、笑みを浮かべる。ギュイヨンも36歳、今では自身がジョッキールームのベテランであり、“大物”と呼ばれる側の人間になっている。
ひとつだけ変わらないことがある。一人の騎手が王として君臨しているという事実だ。ただ今は、その座にいるのがホワイトではなくパートンであり、その支配力はかつて以上に絶対的に見える。
「ザック・パートンは……別格ですね。どんな馬でも乗りこなし、あらゆるレースを勝っています」
ギュイヨンの1ヶ月間の短期免許は日曜日に始まり、12月14日の香港国際競走がその中心となる。そこで彼は、G1・凱旋門賞3着馬であり、G1・香港ヴァーズの有力候補であるソジーと再コンビを組む。
ギュイヨンの言葉に迷いは無い。「勝てる馬だと思いますし、1番人気になるべきだと思います」と断言する。
「ソジーは良馬場を好む馬ですから、香港は彼にとって完璧です」
また、ギュイヨンは香港マイルではコパートナープランスに、香港カップではチェンチェングローリーに騎乗する。いずれもフランシス・ルイ厩舎の所属馬だ。しかし、香港スプリントの騎乗馬は未だ未定。そして“次のアンビシャスドラゴン”になりそうな上がり馬も探している途中だ。
「待っていますよ。ぜひ連絡くださいね」とギュイヨンは冗談めかして言う。
ギュイヨンは、過去の栄光にすがろうとしているわけではない。むしろ彼は、もう一度ここで爪痕を残そうとするハングリーさに満ちているように見える。
「もう一度挑戦しに来ました。レースに勝つため、ビッグレースを勝つために。ベストを尽くします。簡単なことではありませんが……挑戦したいのです」
そして、もしすべてがうまくかみ合えば、これを一度きりの遠征にはしたくないとも考えている。
「もしHKJCが望むなら、毎冬、毎年でも来たいですね。一度きりではなく」
かつて、一人の若き神童がスターとして香港を去った。そして今、実績ある世界的な名手として戻り、この街が彼のためにもう一章、楽しい物語を用意してくれているのかを確かめようとしている。
「もう一度、やってみたいと思います」

