火曜日のデルマー競馬場は、ブリーダーズカップ本番まで数日という時期らしく、コースの内外で人と馬が行き交い、慌ただしさの中にも落ち着いた規律があった。しかし、この日はひとつ、予期せぬ緊張が走った。
アメリカの3歳世代を代表する一頭であり、ケンタッキーダービー馬、ベルモントステークスの勝ち馬であり、そして今週最大のレースであるG1・ブリーダーズカップクラシックで1番人気と見られていたソヴリンティに、熱発が確認されたのだ。
「この20年で最高のクラシック」と謳われ、世代間の対決が話題を呼ぶ、この一戦への出走可否も揺らいでいる。だが、厩舎の内側のごく限られた陣営以外、この事実を知る者はいなかった。厩舎周りの人間たちは何も知らぬまま、いつも通りにそれぞれの仕事を進めていた。その時までは。
すべてが明らかになったのは、ブリーダーズカップのメディアチームが「午前9時にビル・モット調教師が厩舎の外で取材に応じる」と知らせ、それに応じて少数の記者がカメラとマイクを持って集まった時だった。
モット師は集まった記者団に対し、「うちの馬が昨夜、熱を出しました」と切り出す。その場にいた聞き手たちは、その「うちの馬」が誰のことなのか、当然の答えを頭の中で思い描いた。
日本のグリーンチャンネルの合田直弘氏が、確認するように「ソヴリンティのことですか」と問いかける。すると、「ソヴリンティです」とモット師は認めた。
「微熱がありました。私がそのことを知らされたのは、出走枠の抽選に向かおうとしていた時か、抽選の直後(月曜日の夕方遅く)でした。微熱でした。それ以外はとても順調で、もし体温計がなければ、我々は何も気づかなかったでしょう」
モット師は、ソヴリンティが「わずかに体温が高い状態」だったと説明。熱発は夜通し続き、そして朝5時30分に早朝の調教見学者たちがバックストレッチに姿を見せ始めた時点でも同じだったという。
採血は済んでおり、いくつかの検査結果はまだ出ていなかった。そして午前6時、薬が投与された。モット師の説明では、「アスピリンを飲ませるようなもの」だったという。
「今は体温は平熱に戻っています。彼はきちんと食べています。見た目も問題ありません。さっき、馬房から顔を出しているのをご覧になりましたよね。飼い葉も全部平らげました」
「彼はこの1年、一度も飼い葉を残していませんし、昨夜も今朝も例外ではありませんでした。冴えているように見えますよ。馬房の仕切り越しに外をうかがっていた姿もご覧の通りです。大丈夫そうに見えます」
モット調教師は、悲観ではなく楽観でいたいと言いながらも、同時に現実的でもあった。
「土曜日のレースに出走しない可能性はあります。もし彼が100パーセントではないと感じたら、走らせるつもりはありません。これからの4~5日間で様子を見るために、10パーセントくらい “猶予” を残しておきたいと思っています。ただ、特に重要なのは今日これから夜まで、そして明日までに何が起こるかです」
「そして、今は平熱に戻っている彼の体温が、このあと今日も今夜もずっと平熱のままで、明日になっても食欲が落ちず、容体も良く、血液検査の結果にも良い兆しがあれば、我々は……毎日、そしておそらく一日に何度も再検討します。ただ今は、とにかく皆さんにこの状況をお知らせすべきだと思いました」

その数分後、昨年のBCクラシック2着馬のフィアースネスについて話したトッド・プレッチャー調教師は、この件(ソヴリンティの発熱)をまだ知らなかった。日の出前、愛馬がコースへ向かう様子を見届け、その動きがしなやかで力強いのを確認して満足していたという。
プレッチャー師はIdol Horseの取材に対し、「今朝は本当にいい調教ができました。動きは良かったですし、機嫌も良く、エネルギーにあふれていました」と語った。
「フィアースネスはとても頭の良い馬で、自分で自分のことをわきまえています。朝の調教では、必要以上に前向きすぎるタイプではありません。追い切りのときだけはとても前向きに動いてくれる馬ですが、日々の調教では自分を追い込みすぎないんです」
フィアースネスは前走、G1・パシフィッククラシックで圧巻の勝利を挙げている。相手は、ソヴリンティ不在のG1・プリークネスステークスを制したカリフォルニア最強3歳馬ジャーナリズムだった。
デルマー競馬場で行われた一戦は、フィアースネスはゲートを出た直後に左へ寄れ、仮柵の方へ向かう形になったが、その後は立て直して走り切っている。プレッチャー師は、その経験をむしろプラスと見ている。
「パシフィッククラシックで良かったのは、あのスタートのあと、(ジョン・ヴェラスケス騎手が)これまでと違う乗り方を “せざるを得なかった” ことです。その結果、馬群の後ろや馬と馬の間に入っても大丈夫だということを馬自身が学べたと思います」
「ですから、どの位置からでも自信を持って乗れる、という安心感を次につなげてくれたはずです」
一方、ジャーナリズムの力強い馬体は、東の地平線から最初の陽光が差し始めた頃、コース上でひときわ目を引く存在だった。唯一ヒヤリとしたのは、厩舎エリアに戻るところで起きた小さな出来事だ。ハイウェイ沿いで車がバックファイアを起こし、ジャーナリズムは音に驚いて一瞬飛び跳ねたが、すぐに落ち着きを取り戻して歩き出した。
ジャーナリズムのマイケル・マッカーシー調教師は、厩舎エリアに戻ると次のように話した。
「ジャーナリズムは本当に印象的な馬体をしています。いつも朝の調教では高い集中力を持っていて、自分の体をしっかりと使って走ります。大きなストライドでしっかりと前へ進みます」
ジャーナリズムの主戦だったウンベルト・リスポリ騎手は、1週間半ほど前にホセ・オルティス騎手への乗り替わりを告げられている。マッカーシー師は、同馬の新パートナーについて次のように語った。
「彼(オルティス騎手)は今年、誰にも劣らないくらい素晴らしい一年を過ごしていると言っていいでしょう。もしブリーダーズカップの週末で大きな結果を出せば、エクリプス賞を受賞してもおかしくありません。経験という面でも、彼は本当に多くをもたらしてくれると思います」
もし、ソヴリンティが熱から回復しなければ、ジャーナリズムが3歳勢の先頭に立ち、“古馬のビッグスリー” とされるフィアースネス、シエラレオーネ、日本のフォーエバーヤングに挑むことになる。

シエラレオーネは昨年のBCクラシックでフィアースネスを差し切って優勝し、フォーエバーヤングを3着に退けた。チャド・ブラウン調教師は、『CB』のロゴ入りキャップをかぶり、厩舎の外でディフェンディングチャンピオンへの手応えを語った。
ブラウン師は「シエラレオーネの調子は良さそうですね」とコメント。「すべてが一流です。彼は完全なプロフェッショナルであり、厩舎に来たその時からずっとそうなんです。精神面でも肉体面でも、本当に稀なタイプの馬です」
フォーエバーヤングを管理する矢作芳人調教師と、その主戦である坂井瑠星騎手は、昨年の経験から得た教訓が今年に活きることを期待している。同時に、4歳になったこの馬の肉体的な進化も大きな後押しになると見ている。
「昨年の状態も良かったと思っていますが、この1年でこの馬は本当に大きく成長しましたし、デルマーは2回目ですので、とてもリラックスしているように見えます」と矢作師は語った。「昨年よりも良い状態にあると思います」
「どの馬でも3歳から4歳にかけて成長しますが、フォーエバーヤングの成長は並外れています。精神面の成長ももちろんありますし、皆さんがご覧の通り、特に後躯の肉付きは目覚ましいものがあります。前回よりもはるかにパワフルになったと感じています」
このように、体調がわずかに崩れたヒーローであるソヴリンティの状態を陣営が注意深く見守る一方で、ライバルたちは、20年ぶりのベストメンバーになると言われるクラシックに向けて、火曜日の朝を普段通りにこなしていた。
そして矢作調教師も、その「20年に一度のBCクラシック」が実現することを望むひとりだ。
「世界中の普通の調教師なら、強い相手が回避すると聞けば喜ぶかもしれません」
「でも、私は世界最高のメンバー相手に走るのを本当に楽しみにしていましたので、(ソヴリンティがいなければ)本当に残念です。ビル・モット調教師の気持ちはよく分かります」