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香港での苦境、再起、そして海外G1へ、マシュー・プーン騎手の「笑顔の再出発」

最悪のシーズンから一転、今シーズンは自己最多勝に迫る勢い。香港のマシュー・プーン騎手が、豪州でのG1初騎乗を前に、復調の理由と競馬への向き合い方をIdol Horseに明かした。

香港での苦境、再起、そして海外G1へ、マシュー・プーン騎手の「笑顔の再出発」

最悪のシーズンから一転、今シーズンは自己最多勝に迫る勢い。香港のマシュー・プーン騎手が、豪州でのG1初騎乗を前に、復調の理由と競馬への向き合い方をIdol Horseに明かした。

香港のマシュー・プーン騎手(ミンファイ・プーン)は、調教場ではいつも笑顔を絶やさない存在として知られてきた。しかし昨シーズン、その笑顔がレース本番で見られることはほとんどなかった。勝ち星は遠ざかり、騎乗の声もかからず、自信は危ういほどに削られていた。

どんよりと雨が降るシャティン競馬場の火曜日の朝、プーンはIdol Horseの取材に応じて語った。

「あれほどのプレッシャーを感じたのは初めてでした。勝てないし、乗せてもらえる数も少なくて……気持ちがどんどん落ち込んでいったんです」

31歳のプーンはこの日、G1・チャンピオンズ&チャターカップ(2400m)で三冠制覇に挑むヴォイッジバブルの軽めの調教を終えたばかりだった。泥だらけのバイザーをすすぎながら、今シーズンの好調ぶりが全身からにじみ出ていた。昨シーズンとは一変し、シャティンでもハッピーバレーでも、その立ち振る舞いや口調には明らかに軽やかさが戻っている。

「昨シーズンは本当に辛い瞬間が多かったですが、今シーズンはすべてがうまくいっています。リズムが出てきて、すべてがスムーズです。何より、今は本当に気持ちが明るく、自信もついています」

その明るさと自信こそが、勝ち星を呼び込んでいる。今シーズンの勝利数はここまで34勝。自己最多となる2020-21年シーズンの37勝まで、残り16開催であと4勝に迫っている。キャリア最低のシーズンからの見事な復活劇だ。

「昨シーズンの前半は本当に酷いものでした。香港ではよくあることですが、やはりポジティブでいることが大切だと感じました。レースに対して前向きになり、前向きな人たちと過ごし、レース以外でも好きなことをして心を保つようにしました」

Jockey Matthew Poon at Sha Tin
MATTHEW POON / Sha Tin // 2025 /// Photo by Idol Horse

ちょうど1年前、プーン騎手は『キャリアで一番苦しい時期』にあったと語っていた。2023-24年シーズンの勝ち星はわずか18勝。これまでで最も少ない数字だった。騎乗機会は減り、自信も失われ、香港という過酷な競馬界の重圧が四方八方からのしかかった。

2017年、オーストラリアでの華々しい活躍を経て香港に戻ってきた頃のプーン騎手は、まさに期待の星だった。

現地では「プーントレイン(Poon Train)」の愛称で親しまれ、117勝を挙げ、最優秀見習い騎手にも輝き、アデレードのリーディング争いに加わるほどの実力を見せていた。だが、その活躍を受けて早期に香港ジョッキークラブから呼び戻されたことが、逆に険しい道のりの始まりでもあった。

香港で成功するには、途方もない挑戦が待っている。当時23歳のプーン騎手は、いきなり世界のトップジョッキーたちと同じ土俵に立たされた。ザック・パートン騎手とジョアン・モレイラ騎手の間で、身動きが取れないような状況に置かれることもあった。さらに、代理人やマネージャーのサポートなしで自らキャリアを切り拓くという、孤独な戦いを強いられていたのだった。

「香港は非常に特殊な場所で、オーストラリアから来た見習いにとっては本当に厳しいところなんです。プレッシャーや精神的な重圧……ただ『乗る』だけでは済まされない世界なんです」

「オーストラリアにいた時は、騎乗に集中していればよかったですし、マネージャーがネガティブな情報はうまく遮断してくれていました。ですが香港では、すべての騎乗を自分で管理して、すべてのフィードバックを直接受けて、さらに降ろされることにも向き合わなければならないんです」

その中でも、プーン騎手はデビュー当初こそ順調だった。見習い時代の10ポンド減量特典はわずか14開催で消化。これは過去25年間で最速の記録だった。しかし、2020-21年シーズン以降から陰りが見え始める。成績は徐々に下降し、香港競馬特有の精神面にも影響を及ぼすようなプレッシャーを痛感していった。

「香港にいると、大人になるのが本当に早いんです。すべてに対処する術を身につけて、我慢することを覚えれば、少しずつ道が見えてくる。でも、それは簡単なことではありません」

その『視界』が晴れ始めたのは、昨シーズン終盤だった。リッキー・イウ厩舎が、苦境にあった彼に支援の手を差し伸べたのだ。

「リッキー先生とイウ厩舎の皆さんが力を貸してくれて、それがシーズンを締めくくるための勢いにつながりました。そして思ったんです。もう二度と、あの時のような状態には戻りたくないって。あれ以上悪くなることはないと思いました」

今シーズン開幕を前に、プーン騎手は心機一転。フットボールやテニスといった自身の『好きなこと』に改めて向き合い、笑い、考えすぎず、ポジティブな人間関係を大切にした。すると、少しずつだが確実にバランスを取り戻していったのだ。

「乗馬以外の運動が、精神面にとても良い影響を与えてくれました。仕事やレースのことばかり考えていると、それが頭から離れなくなってしまいますから」

「特にテニスとサッカーが好きです。大勢で集まってプレーして、競馬と関係のない会話をするのが最高なんです。私は一人でじっと考え込むようなタイプではありません。そうするとかえって頭の中がこじれてしまいます。人と話して、チームスポーツをして、そうやってストレスを発散するのが自分には合っているんです」

今シーズンに向けては、夏休みも早めに切り上げ、例年よりも早く調教とジムトレーニングをスタート。その努力が、今の結果につながっている。

「今は体調もいいですし、回復もとても早くなりました。騎乗後もすぐに回復できて、またすぐ乗る準備が整います」

今シーズン、プーン騎手は新たな高みへと駆け上がっている。3月にはストレートアロンとのコンビで待望の重賞初勝利(G2)を飾り、さらにヴォイッジバブルやラッキースワイネスといった香港のトップホースのバリアトライアルにも騎乗。実力と信頼を着実に勝ち取っている。

Matthew Poon and Straight Arron win the G2 Chairman's Trophy
MATTHEW POON, STRAIGHT ARRON / G2 Chairman’s Trophy // Sha Tin /// 2025 //// Photo by HKJC

今シーズン34勝という数字は、それだけでも十分に立派だが、さらに驚くべきはその勝ち星の中に、リーディング上位2人の厩舎、ジョン・サイズ厩舎とデヴィッド・ヘイズ厩舎の馬が一頭も含まれていないという事実だ。

そんな今シーズンをプーン騎手は「努力して、そして楽しむシーズン」と捉えている。それは騎乗の場面だけでなく、競馬場の外でも同様だという。

そして、その『楽しみ』のひとつが、今週末ついに叶おうとしている。G1・ドゥームベンカップ(2000m)での豪州遠征だ。

土曜日、プーン騎手はジョン・オシェア & トム・チャールトン厩舎が送り出すクロンダイクに騎乗し、オーストラリアでのG1初騎乗を果たす。およそ10年前、アデレードで輝きを放った若き見習い騎手が、今、ひと回り大きくなって原点回帰することになる。

「すごく楽しみで、またオーストラリアに行けることを嬉しく思っています。オーストラリアでG1に乗るというのは、自分の中で『絶対にやりたいことリスト』に入っていたので、待ちきれません」

「向こうで騎乗してからもう10年近く経ちますが、また経験を積めるチャンスだと思っています。違うコース、違う騎手たちと戦うことは自分にとってプラスになるはずです。厳しいレースになると思いますが、全力を尽くして良い結果を出したいと思います」

シャティンの調教場では朝の騎乗を終え、いつものように落ち着いた表情を見せていた。プーン騎手の成し遂げたい目標はまだ多く、とりわけ『G1制覇』は、その頂にある。

だが今は、以前のような焦燥感に追われてはいない。シャティンでもハッピーバレーでも、あの笑顔が戻ってきた。そして何より、それは作り物ではない、本当の笑顔だ。

ジャック・ダウリング、Idol Horseのレーシングジャーナリスト。2012年、グッドウッド競馬場で行われたサセックスステークスでフランケルが圧勝する姿を見て以来、競馬に情熱を注いできた。イギリス、アメリカ、フランスの競馬を取材した後、2023年に香港へ移る。サウス・チャイナ・モーニング・ポスト、レーシング・ポスト、PA Mediaなどでの執筆経験がある

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