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南アフリカ競馬で馬上の大喧嘩…過去に起きた騎手同士の乱闘とは?

レース中に騎手同士が殴り合うことは珍しいが、ギャヴィン・レレナ騎手がジェイソン・ゲイツ騎手に暴力的を振るった一件の他にも事例は存在する。そして、おそらくこれが最後の事例でもないだろう。

ギャヴィン・レレナ騎手は、土曜日に南アフリカで行われたレース中に同僚のジェイソン・ゲイツ騎手を殴打したことで悪い意味で話題になった。この暴発は、数日前に中国の従化トレセンで行われたバリアトライアル(模擬レース)での事件に続くものだった。その際には、香港のマシュー・プーン騎手がデレク・リョン騎手を殴打しようとした。

プーン騎手は、リョン騎手が誤ってムチで同僚騎手を叩いたと判断された後、『接触を試みた』ことで2開催の騎乗停止処分を受けた。しかし、その件については、ソーシャルメディアで拡散されているターフフォンテン競馬場の映像と比べれば『枕投げ』程度に等しいものだった。

午後に行われた第2レース中、レレナ騎手がゲイツ騎手の背中に3発の強烈なムチ打ちを加える様子は、見る者にゲイツ騎手がボディプロテクターを着用していてよかったと思わせるほどだった。普段は冷静な性格のレレナ騎手はすぐに「深い後悔」と「心からの謝罪」を表明する声明を出した。

ただし、レレナ騎手の声明は、自身の立場から見ればゲイツ騎手も『無罪ではない』ことを強く示唆していた。「私の反応は、ゲイツ騎手からの一連の接触や行動に続くものでした。スポーツでは、脅威や挑発、攻撃を感じた際の本能的な反応が、平常時には決して示さないような行動を引き起こすことがあります」。

騎手が暴力を振るうことは許されない。しかし、誰かが手を出したとき、そこには必ず何らかの引き金がある。他の騎手の行動だったり、自身の脳内の「瞬間的な爆発」だったりする。時には騎手同士の確執や意地の張り合いが要因となることもあれば、妨害された後の『ロードレイジ』のような瞬間の熱に駆られた反応かもしれない。

騎手は競争者であり、自身の仕事の危険性を理解し、仲間の騎手を尊重している。しかし同時に、エリートアスリートが持つべき「優位に立とうとする欲望」も抱えている。状況がどうあれ、勝ちたいという思いだ。さらに、減量による空腹感や疲労が、アドレナリンに満ちた騎手の精神や気性に与える影響も見過ごせない。

Gavin Lerena
GAVIN LERENA, DANEHILL KODIAC / Shergar Cup Classic // Ascot /// 2016 //// Photo by Julian Herbert

1994年9月、稀代の才能でありながらトラブルが絶えなかったキーレン・ファロン騎手は、スチュアート・ウェブスター騎手との確執が有名だ。

イングランドのベヴァリーで行われたジョー・マングルズメモリアルハンデキャップで、ファロン騎手はウェブスター騎手に抗議。レース終了後、ウェブスター騎手を追いかけ、馬を止めた場所まで乗り寄って彼を掴み、馬から引きずり下ろした。この件はさらに騎手控え室での乱闘に発展した。その結果、ファロン騎手は6か月の騎乗停止処分を受けている。

この事例は、2022年9月にフランスのサンクルーで行われたG3競走で、クリストフ・スミヨン騎手がロッサ・ライアン騎手に放った肘打ち事件とは異なる。スミヨン騎手はむしろ幸運だったとも言える。なぜなら、『ライアン騎手が負傷しなかったこと』、『裁決委員会が2か月の騎乗停止以上の重罰を科さなかったこと』だ。

スミヨン騎手は「起こったことを悲しく思う。ひどい過ちを犯した」と認めた上で、「すべての人に謝罪します…これは私にとって不名誉な行為でした。本当に申し訳ありません」とインタビューで語っていた。

同じ週末、エクアドルダービー(ミゲル・サレム・ディボ競馬場)では、ホセ・モラ騎手が全速力で走行中にペルーのルイス・ウルタード騎手を馬から押し落としたとして、競馬騎乗の永久資格停止処分を受けたと報じられた。幸いウルタード騎手は重傷を免れた。

レレナ vs ゲイツ事件は、競馬史上最も衝撃的な『騎手間の乱闘』の一幕に数えられる。しかし、信じがたいような事例も過去には存在する。

例えばアメリカでは2件の類似事例があった。1件目は2010年1月のフィラデルフィアパーク(現・パークス競馬場)、2件目は2016年5月のウィルロジャースダウンズ競馬場だ。

フィラデルフィアの事件では、エリウリス・バス騎手がバックストレッチでアデマール・サントス騎手にパンチを放った。サントス騎手は反撃し、バス騎手はムチで激しく応酬した。バス騎手が自身の馬をサントス騎手の馬に故意に接近させたことが発端で、サントス騎手が「なぜそんなことをしたのか」と叫んだことでバス騎手の攻撃が始まった。両騎手は重罰を受け、バス騎手は200日、サントス騎手は90日の騎乗停止処分を受けた。

余談として、2012年にはバス騎手がフィラデルフィア競馬場から出入り禁止となった。女性騎手控え室にクリスティーナ・マクマニゲル騎手がシャワー中に3回侵入したとの訴えが原因だ。マクマニゲル騎手は「暴行、プライバシー侵害、不法監禁、精神的苦痛の故意による付与」を理由に民事訴訟を起こした。

ウィルロジャースダウンズでは、ナタリー・ターナー騎手がフレディ・ホセ・マンリケ=ゲレロ騎手に怒りを爆発させた。後者がホームストレッチ(ゴール前直線)に向かうターンで意図的にターナー騎手に接触し、ターナー騎手は鐙に立ち上がってムチで3回殴打した。両騎手はアンガーマネジメント講習の受講と30日の騎乗停止を命じられた。

一方、全ての騎手間接触が暴力的とは限らない。1961年にシドニーのランドウィック競馬場で行われたオーストラリアンダービーでは、メル・シューマッハー騎手がトム・ヒル騎手の脚をこっそり掴んで優位を得ようとした。この巧妙な動きでヒル騎手の馬サマーフェアが妨害され、シューマッハー騎手はブルーエラで勝利を収めた。

当時初めて正面からの映像が公開され、シューマッハー騎手がヒル騎手を掴んでいる様子が明らかになった。攻撃ではなかったが、この接触によりシューマッハー騎手は永久失格(後に10年に減刑)という厳罰を受けた。

レレナ騎手のゲイツ騎手への暴行について、南アフリカ国立競馬協会は日時未定の審問を実施する予定だ。状況や酌量すべき点が審議されるが、いずれにせよレレナ騎手の『馬上で立ち上がっての3連打』は、プーン騎手のバリアトライアルでの未遂行為よりも重い処分が予想される。

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍していた。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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