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「早熟馬大国」オーストラリア競馬の中で変わりつつある、ゴールデンスリッパーのトレンド

世界最高賞金を誇る2歳戦として知られるゴールデンスリッパー。このレースはオーストラリア特有の存在でありながら、近年の統計を見る限り、そのトレンドには陰りが見え始めているようだ。

「早熟馬大国」オーストラリア競馬の中で変わりつつある、ゴールデンスリッパーのトレンド

世界最高賞金を誇る2歳戦として知られるゴールデンスリッパー。このレースはオーストラリア特有の存在でありながら、近年の統計を見る限り、そのトレンドには陰りが見え始めているようだ。

世界の名だたる競走の中でも、ゴールデンスリッパーほど風変わりなレースは他にないだろう。

たった1年前にはセリで、後肢に貼られた小さなシールだけを頼りに識別されていたような若馬たちが、今ではわずか1200mのスプリント戦で、人生を一変させる報酬を賭けて駆け抜けるのだから。

それでもこのレースは、オーストラリア競馬に深く根付いた伝統であり、まさに『四つ脚の宝くじ』。その誰もが、たった一枚だけ用意されたゴールデンチケットを追い求める。

だが果たして、あの何百、何千万という値段の牡馬が2歳で本当に速く走れるのか?名牝の血を引く牝馬が、たった1年足らずで母と同じ才能を見せるのか?あるいは、今やトルコに渡った種牡馬の仔である地味な騸馬が、意外な才能を秘めているのか?

これこそがゴールデンスリッパーというレースだ。誰もが夢見るが、しばしば『その希望こそが人を壊す』。

このレースは1950年代半ば、当時世界的に高額賞金を誇ったアメリカのフューチュリティシリーズに対抗すべく創設された。そして今では、それらを凌ぎ、何十年もの間、世界最高賞金の2歳戦としてその地位を確立している。

しかし、今年も『近年でも最も混戦』と評される総賞金500万豪ドルのレースの直前となる中で、ある冷静な現実が浮かび上がっている。出走を目指す2歳馬の数がかつてないほど減っているのだ。

これは新たに始まった傾向ではない。ゴールデンスリッパーが3月下旬に行われるようになって以来、毎年オーストラリア国内で出走する2歳馬の数は徐々に減少してきた。

とはいえ、2025年には『本物のスター候補』や突出した2歳馬が不在という状況が、ひときわ強くこの疑問を浮かび上がらせた。「有力な2歳馬はどこへ行ってしまったのか?」ということだ。

「今年はそれが本当に身に染みて感じられる。というのも、際立った馬が一頭もいないからね」と語るのは、過去にセポイ(2011年)とキャピタリスト(2016年)でこのレースを制したピーター・スノーデン調教師だ。

Blake Shinn winning the Slipper aboard Capitalist
CAPITALIST, BLAKE SHINN / G1 Golden Slipper // Rosehill /// 2016 //// Photo by Jason McCawley

『Racing And Sports』によると、今年のゴールデンスリッパー当週の時点で、2024-25年シーズン中にオーストラリア全体で出走した2歳馬の数は894頭にとどまっていた。これは前シーズン(2023-24)の917頭、さらにその前のシーズン(2022-23)の952頭からも減少している。

しかし、より大きな変化は新型コロナ前の水準と比べたときに明確になる。2018-19年シーズンでは、ゴールデンスリッパー前にすでに1154頭の2歳馬が出走していたのだ。

さらに遡ると、『Racing And Sports』のデータによれば、過去20年間でゴールデンスリッパー前に出走した2歳馬の数は、実に44%も減少しているという。

「ストラタムが勝った年は、今年のほぼ2倍の数のライバルを相手にしていたんだ」と語るのは、Racing And Sportsのアダム・ブレンコウ氏である。

では、なぜオーストラリアでも屈指の人気を誇るこのレースが、どんどん小さな母集団から出走馬を集めるようになっているのだろうか?

「私に言えるのは、今いる馬の状況に基づくことだけですが…。1歳馬の段階で過剰に仕上げられている可能性もありますが、2歳馬の扱いには本当に注意が必要だということですね」とスノーデン調教師は語る。

今年のゴールデンスリッパーでは、自身の管理馬クワイエットリーアロガントを送り出す予定だ。

「彼らは激しいトレーニングや頻繁な出走には耐えられないのです。今日は元気でも、明日にはガタッとくる。とにかくタフさが足りない馬たちばかりで、通常よりも長く休ませなければならないんです。ここ4、5年は特にそう感じます。いまの馬たちは『ゆとり世代』なんだと」

この見解には、オーストラリアを代表する有力な種牡馬生産者たちからも賛同の声が上がっている。

要因として挙げられるのが、欧州血統の流入だ。

北半球からシャトル種牡馬として導入された血統は、総じて成長が遅く、ゴールデンスリッパーのようなスプリント戦には向かない傾向がある。

この変化は、長い目で見ればオーストラリア競馬全体のレベル向上にはつながっているが、ゴールデンスリッパーにはマイナスに働いているようだ。

「こうした血が混ざることで、マクロな視点では、我々の血統から早熟性が失われてきたのかもしれない」と語るのは、ニューゲートファーム代表のヘンリー・フィールド氏だ。

「理由はどうあれ、馬たちは時が経つにつれてそういう傾向になりつつあるのは確かだと思います」

Newgate Farm's Henry Field
HENRY FIELD / Randwick // 2022 /// Photo by Mark Evans

このフィールド氏の見解に、オーストラリア競馬史における最も影響力のある生産者の一人、ジョン・メッサーラ氏も同調する。

「最近では、馬が完全に成長するのは3歳になってから、という考え方が広がってきています」と彼は話す。

「馬主たちは以前より忍耐強くなってきているし、年長馬向けの番組も整備されてきています。ホルモンの助けを借りずに走らせる今の状況では、2歳戦はかなりの負担になるんですよ」

おそらく、オーストラリアで最も「忍耐強い」調教師といえば、クリス・ウォーラーだろう。

彼は20年以上前、クレジットカードを限度額まで使い果たし、1頭の馬も持たずにニュージーランドからシドニーに渡ってきた元外国人だった。当時は妻のモデル業による収入に頼って生計を立てていたという。

そんな彼も今では、シドニーの調教師リーディングを14年連続で制し、オーストラリアを代表するG1厩舎のトップに君臨している。しかし、ウォーラーは一貫して、特に2歳馬に対しては無理をさせず、慎重な調教スタイルを貫いてきた。

そしてようやく、2023年にシンゾーで自身初のゴールデンスリッパー制覇を果たすに至った。

2歳シーズンのスタートを告げる恒例行事である昨年9月のバリアトライアルにおいても、ウォーラー厩舎は1頭たりとも出走させなかった。

「彼はとにかく馬に対して忍耐強い。しかも、それが見事に成果を上げています」とフィールド氏は語る。

「かつてはトミー・スミスやゲイ・ウォーターハウス、そしてウッドランズ時代のジョン・ホークスといった調教師たちが、ブリーダーズプレートやジムクラックステークスに向けて、多くの2歳馬を仕上げることで知られていました。でも今では、クリス・ウォーラーの手法が長期的に見て大きな成功を収めていて、他の調教師たちもその流れに追随しているんです」

Ryan Moore and Shinzo win the Golden Slipper
SHINZO, RYAN MOORE / G1 Golden Slipper // Rosehill /// 2025 //// Photo by Jeremy Ng

ゲイ・ウォーターハウス調教師は、ゴールデンスリッパーの『女王』として知られている。

彼女はこれまでにこのレースを7回制しており、亡き父のトミー・スミス元調教師が持っていた6勝の記録を上回った。

スミス氏は亡くなる間際、娘に向かって「お前には2歳馬は仕上げられない」と言い残したというが、彼女の実績はその言葉を見事に覆している。

ウォーターハウスは一貫して「ゴールデンスリッパーを勝つには、2歳馬はクリスマス前にデビューしていなければならない」という信念を持ってきた。

しかし、近年の結果を見れば、調教師たちは有力2歳馬のデビューを遅らせる傾向にあることがうかがえる。

シンゾー(2023年)、ステイインサイド(2021年)、エスティジャーブ(2018年)と、いずれも年明けにデビューし、ゴールデンスリッパーを制しているのだ。

それでもウォーターハウスは、ゴールデンスリッパーまでに2歳戦の出走機会が限られている点について、番組の見直しが必要だと主張している。

彼女は「私は今でも、2歳戦の数が足りないと思っているし、このレースはオーストラリアにおける種牡馬価値を決定づけるレースなんです」と語る。

「走りたい2歳馬がいれば、それはもう走らせるべきなんです。我慢が必要かどうかの問題じゃありません。もしその馬が元気に飛び跳ねて、天性の早熟性を持っているなら、当然レースに出すべきです」

だが実際の数字が示すとおり、早熟な2歳馬の数は確実に減少している。

そしてそれに伴い、世界でも類を見ないこの『奇妙なレース』の姿も、少しずつ変わりつつあるのかもしれない。

アダム・ペンギリー、ジャーナリスト。競馬を始めとする様々なスポーツで10年以上、速報ニュース、特集記事、コラム、分析、論説を執筆した実績を持つ。シドニー・モーニング・ヘラルドやイラワラ・マーキュリーなどの報道機関で勤務したほか、Sky RacingやSky Sports Radioのオンエアプレゼンターとしても活躍している。

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