この春、プレッシャーがかかるのは?
マイケル・コックス:
調教師業界は『強者と弱者の差』がますます広がる中、小規模厩舎にとって生き残りはかつてないほど厳しい状況となっています。オーストラリア競馬が『成り上がりの国』であった時代は終焉を迎えつつあるのかもしれません。大レースの賞金を飲み込むのは、クリス・ウォーラー師とキアロン・マー師の二大厩舎です。
2024-25年シーズン、オーストラリアで行われた主要95レースのうち、ウォーラーとマーの両陣営が勝ち取ったのは実に34レースでした。
数の力は競馬だけでなく調教施設や不動産投資にまで及ぶ “軍拡競争” の様相を呈しており、他の厩舎は生き残りをかけて苦闘しています。
もっとも、苦戦するのは小規模厩舎だけではありません。ウォーラーやマーに追随しようとする『準メガ厩舎』にとっても、トップレベルでの勝利がなければ巨額投資は報われませんからね。
ゲイ・ウォーターハウス&エイドリアン・ボット、アナベル・ニーシャム&ロブ・アーチボルド、ミック・プライス&マイケル・ケントJr.といった共同厩舎陣営も、同じく頭数を武器に戦いながら、セールでの高額投資を裏付けるだけの結果が求められています。
アンドリュー・ホーキンス:
今春はローズヒル競馬場にとって転機となりそうです。ゴールデンイーグルはランドウィック競馬場に移管され、さらにオーストラリアンターフクラブ(ATC)は秋のゴールデンスリッパーの看板スポンサー探しに苦慮しています。世界最高賞金を誇る2歳戦が開催地を巡って曲がり角に来ているのかもしれません。
コスタ・ロルフ:
ジェームズ・マクドナルド騎手は、輝かしいキャリアの中で、伝説的スプリンターのマニカト以上の重圧を背負ってきした。しかし、“世界最高のジョッキー” という肩書きには大きな責任が伴います。
今春もマクドナルドは数多くの人気馬に跨ることになるだろうが、果たしてそのすべてに応えられるのか。依頼が殺到する中で、いずれは手一杯になる局面に直面するかもしれません。
一方で、ダミアン・レーン、ブレイク・シン、マーク・ザーラといった実力派ジョッキーは、大舞台での安定感をアピールし続けています。マクドナルドが騎乗できないところで、彼らが絶好の騎乗機会をつかむシナリオも十分に考えられることでしょう。
タカハシ・マサノブ:
シドニーが外国馬の誘致を推し進める中、レーシング・ヴィクトリアは海外勢に効果的なアピールをできるのか、改めて問われています。日本馬を例に出すと、昨季はゴールデンイーグルに2頭、ザ・チャンピオンシップス開催は2頭が遠征しました。対して、メルボルンは春シーズンの2頭のみでした。
記憶に新しいヤンブリューゲルの失格措置を始め、獣医チェックの厳しさからメルボルンが敬遠され始めていることも理由の一つに挙げられます。もっとも、日本馬に限って言えば、オオバンブルマイのゴールデンイーグル制覇が誘致に大きく影響したのは間違いありませんが。
とはいえ、良い評判というのは調教師や馬主からの口コミで広がります。今年の海外馬が良い手応えを得ることができれば、来年、再来年はさらなる大物が関心を示すことになるはずです。
この春、ブレイク候補は誰?
アンドリュー・ホーキンス:
すでにG1ジョッキーの仲間入りを果たしているディラン・ギボンズ騎手ですが、今春はいよいよ大舞台で “常連” となるシーズンになるかもしれません。
肩の手術によりシーズン序盤を欠場したものの、復帰後は見違えるような騎乗を見せています。スタミナ型の馬を操る技量は国内屈指であり、もし有力馬との出会いに恵まれれば、キャリアの新たなステージへと歩み出す可能性があります。
コスタ・ロルフ:
今春、『種牡馬選定レース』に、騸馬が食い込む余地があるかもしれません。
ピーター・スノーデン厩舎のコズミックフォース産駒、レイジングフォースは冬開催で圧勝続きでした。3歳の国内トップスプリンターを相手にも戦えるかもしれません。世代全体の水準に疑問が投げかけられている中で、なおさらレイジングフォースの存在感は際立っています。
シドニーの冬の路線から一流馬が現れることは過去にもありました。1400mのG1・ゴールデンローズステークスは難しいかもしれませんが、G1・クールモアスタッドステークスで真価を発揮する馬かもしれない。
タカハシ・マサノブ:
すでに高い評価を得ている牝馬ですが、この春シーズンでテンプテッドはさらに評価を上げると信じています。レイスリングS、ゴールデンスリッパー、パーシーサイクスSの3戦はどれも内容が素晴らしく、軽やかな末脚は印象的なものがありました。トップレベルで通用するだけの素質は兼ね備えています。
マイケル・コックス:
ニューカッスルの若手トレーナー、ネイサン・ドイル調教師は今まさに飛躍の軌道に乗っています。この春、一流調教師の仲間入りを果たす可能性は十分にあるでしょう。さらに、厩舎にはジ・エベレストで2番人気に推されている、看板スプリンターのプライベートハリーもいます。

ジ・エベレスト圧倒的一番人気のカーインライジング、一番の脅威や懸念点は?
マイケル・コックス:
カーインライジングが『世界最高のスプリンター』であることに異論を唱える識者はいないだでしょう。しかし、それでも未知の要素はいくつか残されています。シャティンからシドニーへの遠征は前例が少なく、成功例もないですから。
カーインライジングはシャティンで、サイレントウィットネスやセイクリッドキングダムといった歴代の名スプリンターですら成し得なかった偉業を次々と達成してきました。ただし、彼がまだ経験していないのが『道悪馬場』です。
未知の不安で過小評価するのはあまりよろしくありませんが、シドニー特有の不安定な天候が、カーインライジングの足をすくう可能性は否定できない。
アンドリュー・ホーキンス:
カーインライジングの前に立ちはだかる可能性があるとすれば、クリス・ウォーラー厩舎の牝馬二頭、レディシェナンドーとオータムグローです。ただし、そのどちらもジ・エベレストに出走するとは限りませんが。
レディシェナンドーはゴールデンイーグルを最大目標としており、当初は今週末のG1・ウィンクスステークス(1400m)を皮切りに、マイルへ距離を伸ばす予定でした。が、現在は短い距離から始動することになっています。
一方のオータムグローは、短距離路線に適した存在だが、陣営はエプソムハンデキャップからゴールデンイーグルを狙うとしています。そこから1200mのジ・エベレストに矛先を変えるのは難しい選択となるでしょう。

コスタ・ロルフ:
キアロン・マー厩舎のスプリンター、ジミーズスターは秋の4戦を通じて成長を証明し、最後は鮮やかなG1制覇で締め括りました。以前は未完成の才能でしたが、ようやく完成形へと進化を遂げたようです。
G1・オークリープレートを鮮烈に制した後、ランドウィック1400mのG1・オールエイジドステークスでは豪快な勝利を挙げました。6歳馬となった今、ジ・エベレスト戦線へと駒を進めています。後方から機を窺うジミーズスターは、カーインライジングがほんの一瞬でも脚を緩めれば、その隙を突く力を備えています。
タカハシ・マサノブ:
シドニーに着き、競馬場に入ったカーインライジングは落ち着きを保てているのか。それが最初にして、最後の関門だと思います。
どんなに落ち着いた馬でも、最初の遠征に難しさはつきものです。ロマンチックウォリアーの豪州遠征も一筋縄ではいきませんでした。同馬はターンブルSを使って『修正』する猶予がありましたが、カーインライジングは現地での前哨戦を使いません。最大の敵は自分自身でしょう。
この春、注目すべき海外遠征馬は?
マイケル・コックス:
今年、ウィリー・マリンズ厩舎にヴォーバンはいません。昨秋にゲイ・ウォーターハウス&エイドリアン・ボット厩舎へ移籍し、切れ味を取り戻したこの馬は、今後も注目を集めることでしょう。
一方で、マリンズ厩舎の新たな期待馬としてはステイヤーのアブサードがいます。昨年のメルボルンカップで見せた末脚は豪州の馬場への適応を感じさせるもので、今年もその鋭さを武器に浮上してくる可能性があります。
アンドリュー・ホーキンス:
アメリカのバーンハード夫妻が率いるピンオークスタッドと、ビル・モット調教師の挑戦には大いに敬意を払うべきです。彼らは今春、パーチメントパーティーを遠征させます。
過去にも米国調教馬がメルボルンカップ候補とされた例はありました。代表格は2004年BCターフ覇者のベタートークナウでしょう。ですが、実際にフレミントンに姿を見せた例はありません。もし出走が実現すれば、結果がどうあれ歴史的な一歩で間違いありません。
コスタ・ロルフ:
日本から参戦するゴールデンスナップは、今春のメルボルンで最も注目を集める存在の一頭です。田中克典厩舎のこの牝馬は、ここまでのキャリア4勝すべてを2400m以上で挙げており、強豪ステイヤーとして資質の高さを示しています。
さらにファンの関心を集めるのは血統。父は破天荒な才能を誇り、現在は『ウマ娘』のスターとしても知られるゴールドシップ。その娘ということで、すでにウマ娘を通して競馬を知ったファンの間でも可愛がられています。
忘れられないのは『120億円事件』という代名詞で知られている、2015年の宝塚記念。当時1.9倍の圧倒的1番人気だったゴールドシップがゲートで立ち上がり、約120億円相当の馬券を紙屑にした伝説のレースです。ゴールデンスナップには、ぜひちゃんとしたスタートを切ってもらいたいですね!
……と言いたいところですが、ゴールデンスナップはレースでは真面目な走りを見せており、調教師も「キレない限りは」と説明しています。きっと心配はいらないでしょう。
なお、フレミントンでの出走はまだ確定しておらず、メルボルンCへの切符はコーフィールドCで8着以内が条件となっています。
タカハシ・マサノブ:
今年、ゴールデンイーグルへの出走を表明している日本馬はパンジャタワーのみですが、この馬は期待できると思います。ラストの末脚は確かなものを持っており、ランドウィックの最終コーナーをスムーズに駆け抜けることができれば、直線での伸びは期待できます。
今年のNHKマイルカップはレベルの高いレースという評判ではありませんが、現時点では2023年のゴールデンイーグルを制したオオバンブルマイと同等の評価と見ても良いのではないでしょうか。
そして、ゴールデンスナップも必見の日本馬です。日本のファンの間では、この馬は『無尽蔵のスタミナ』が武器だと認識されています。コーフィールドカップがタフなレースになれば、最後まで残っているのはゴールデンスナップかもしれません。

この春、“一足早い本命馬”は?
アンドリュー・ホーキンス:
本来ならばメルボルンカップで穴馬を狙ってみたいところですが、今回はすでに1番人気に推される実力馬に注目したいです。
昨年の凱旋門賞でもサーデリウスに注目しましたが、ブリスベンでの豪州デビュー戦を見る限り、この馬は中距離から長距離にかけてどの舞台でも勝ち負けになるでしょう。そして真のターゲットは、やはりメルボルンCだと信じています。
コスタ・ロルフ:
クリス・ウォーラー厩舎は、ヴィアシスティーナを筆頭に今年も強力な布陣で春を迎えます。
ただし、同厩舎の才能豊かな4歳牝馬3頭の序列付けはまだ明確ではありません。レディシェナンドー、オータムグロー、そしてアエリアナはいずれも有力視されている。
中でもアエリアナはオーストラリアンダービーを完勝し、コーフィールドCの前売り1番人気に推されているものの、ウォーラー師はカップ戦線への参戦は薄いと示唆しています。とはいえ、今週末のG1・ウィンクスステークスで古馬相手に鮮烈な初戦を飾り、厩舎内の評価を一変させる可能性は十分にあると言ったところです。
マイケル・コックス:
かつてなら、“ダブルオークス制覇” のトレジャーザモーメントは当然のようにカップ戦線に進んでいたはずです。しかし2025年の今、4歳牝馬にはシドニーに多額の賞金を狙える選択肢が豊富にあるわけです。
オーナーのユーロンは、中距離からステイヤー路線に層の厚い戦力を抱えています。ヴィアシスティーナ、モイラ、アニセット、フルカウントフェリシア、ココサン、リヴァーオブスターズ、エンジェルキャピタル、新戦力のトリニティカレッジ、そして3歳馬のヴィンロックも。そうした中で、トレジャーザモーメントにはゴールデンイーグル参戦を期待したい。今や世界の競馬カレンダーにおいても屈指の注目レースですから。

タカハシ・マサノブ:
これまで無敗のヴィンロックは春の目標としてゴールデンローズSを掲げていますが、この春シーズンも3歳路線をリードしていくのは間違いないと見ています。ヴィンロックはレーススタイルに安定感があり、1600mの距離もおそらく問題はないはずです。ゴールデンローズSも含め、彼が主役から脱落するシナリオは考えずらいです。
あなたが見たい「見出し」は?
マイケル・コックス:
“故郷凱旋のザック・パートン、カーインライジングがジ・エベレスト制覇”
競馬の世界は時に残酷です。パートンの母国での評判は、ジ・エベレストの結果に大きく左右されることでしょう。8月31日に豪競馬殿堂入りはすでに決まっていますが、もしジ・エベレストを勝てば、メルボルンカップ制覇に匹敵するほどの脚光を一般メディアから浴びることになるでしょう。
アンドリュー・ホーキンス:
“ムーニーバレー競馬場、再開発計画を一時停止”
10月に行われるコックスプレートが、伝統のムーニーバレー競馬場コースでの “最後の一戦” になります。再開発によってコースの姿は大きく変わり、かつての光景は二度と戻りません。計画が中止されることはまずないでしょうが、少しくらい夢を見たいところです。
コスタ・ロルフ:
“『120億円事件の娘』ゴールデンスナップ、父の汚名を雪ぐ大金星”
ゴールデンスナップがメルボルンカップで大金星を挙げ、ゴールドシップの名が世界の舞台で名誉回復するところがぜひ見たいですね!
タカハシ・マサノブ:
“次の挑戦は日本か?メルボルンC覇者、ジャパンカップ参戦の可能性”
ジャパンカップに出走したオーストラリア馬は2017年のブームタイムが最後。コーフィールドカップ、コックスプレート、メルボルンカップの勝ち馬にはレースの本賞金とは別に、手厚いボーナスが用意されています。次の選択肢にいかがでしょうか?