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日本から来た遠征馬がコーフィールド、ムーニーバレー、フレミントンでG1レースに出走するとき、『Kosi』こと川上鉱介氏が表舞台に立つことはないだろう。しかし、彼はオーストラリアに渡った日本馬をサポートする重要な役割を担っており、10年もスプリングカーニバルを裏で支えている。

「コーディネーターとか、レーシングマネージャーとか、お好きなように呼んでください」

謙虚に、そして流暢な英語で語る彼は、詳細を尋ねられると自身の多岐にわたる仕事内容を説明してくれた。

「実際に調教で跨がることもありますが、遠征馬のマネジメント業務が主です。獣医や装蹄師の手配、レースへの登録、語学力が必要な仕事はなんでも担当しています」

重要なサポート役

メルボルンのRMIT大学で日英通訳の資格を取得した川上は、その語学力に加え、オーストラリア競馬のプロフェッショナルとして現地の競馬を熟知、そして人脈を築いてきた。日本を離れて23年、第二の故郷で長年過ごした経験から得たものだ。

18歳で日本を離れ、競馬界でのキャリアをスタート。リンジーパークの調教助手、障害競馬の騎手として夢を叶え、ワーナンブール競馬場のグランドアニュアル、かつてのオーストラリアングランドナショナルスティープル、そしてオークバンク競馬場の今は廃止されたグレートイースタンスティープルチェイスといった大レースに騎乗してきた。

障害競馬の騎手としてのキャリアは、5年前の大怪我によって断念を余儀なくされた。今はオーストラリアに遠征する日本馬のサポートをしつつ、共有馬主クラブのライジングサン・シンジケートの運営に力を入れている。

ここ数週間は、メルボルンの自宅からウェリビーの検疫施設に通い、ワープスピードの調教を担当しているという。この馬はG1・コーフィールドカップとG1・メルボルンカップへの出走を予定している、日本のステイヤーだ。

Kosi Kawakami
KOSI KAWAKAMI / Northern Horse Park // 2022 /// Photo by Idol Horse

「ワープスピードは素晴らしいステイヤーですし、調子も上々です」

「末脚の切れ味が自慢というタイプではないですが、スタミナは抜群で、調教後の回復も早いので驚きました。キャンターや常歩で息を整えるころには、すっかり落ち着いています。一日中走れるんじゃないかってくらい、心肺機能が素晴らしい馬です」

5歳のステイヤー、ワープスピードを管理するのは高木登調教師。G1・ドバイワールドカップを制したダート界のスター、ウシュバテソーロは同厩馬だ。

これまでコーフィールドカップと同じ2400mでは3勝を挙げているが、適距離は2マイル前後(3200m前後)、前走は4月下旬のG1・天皇賞春でテーオーロイヤルの5着に入っている。

「好調を維持していますし、メルボルンカップでもチャンスはあると思います。コーフィールドカップも面白いと思います、タフな2400mですからね」

また、川上がコーディネートを担当する日本馬はもう一頭いる。G1・コックスプレートに挑むプログノーシス、海外G1初制覇を狙う中内田充正調教師が送り出した馬だ。調教には乗らないが、帯同する厩務員と調教助手を手助けしている。

「プログノーシスも順調です。先週木曜日の朝、芝コースで本当に素晴らしい追い切りができました。足取りも力強く良い手応えで、ラスト2ハロンを22秒台でまとめられました。かなり良いですし、順調ですよ」

「私はワープスピードの方に乗っていたのですが、プログノーシスとの併せ馬でラスト2ハロンを22秒台を記録しました。2頭とも良い走りを見せています。願わくば、どちらも日本にトロフィーを持ち帰れると嬉しいですね」

川上が初めて日本の遠征馬チームに携わったのは、2014年のことだ。その年のコーフィールドカップを制し、残念ながらメルボルンカップで命を落としたアドマイヤラクティの陣営をサポートした。

「2015年はフェイムゲーム、2016年はカレンミロティックの陣営をサポートしました」

「別の方がいたので担当しない年もありましたが、その後はリスグラシューやメールドグラースの陣営を手伝い、去年はブレークアップの遠征に携わりました。メルボルンに来る馬は大体見ていますし、たまにシドニーへの遠征馬も見ます」

「矢作先生がユニコーンライオンとホウオウアマゾンをオーストラリアに遠征させたときも、シドニーの方で調教を担当していました」

「日本からの遠征馬で言うと、その殆どに関わっていると思います。毎朝ウェリビーの方に出向いて、何かあれば通訳や翻訳をするのが私の仕事です」

Mer De Glace Damian Lane
MER DE GLACE, DAMIAN LANE / G1 Caulfield Cup // Caulfield /// 2019 //// Photo by Daniel Pockett

シンジケートの特色

2019年、ダミアン・レーン騎手が騎乗してコーフィールドカップを制したメールドグラースの調教を担当する予定だったが、そのタイミングで落馬事故に遭い、騎手人生は終わりを告げた。そのため、調教での騎乗は実現しなかったという。

「調教でコースに出たときの事故でした。その時は若い馬に乗っていたのですが、落馬事故で骨盤を粉砕骨折してしまい、しばらく車椅子生活を余儀なくされて」

「数年間、騎手の仕事から離れていたので復帰を断念し、今の会社を立ち上げました。前からやりたいことだったので、転機としては良い機会でした」

ライジングサンシンジケートは、元ジョッキーの市川雄介氏、ロイヤルアスコットで脚光を浴びたアスフォーラの調教助手でもある森信也氏と共に立ち上げた、日本人チームによる会社だ。

「順調です」と川上は言う。「難しいビジネスなのに加え、シンジケートの運営者は利益の幅が薄いです。ですが、事業は拡大しつつありますし、管理馬も20頭を超えています」

「勝ち上がりも増えつつありますが、まだビッグレースは勝てていません。しかし、勝率は20%を超えていますし、オーナーさまにも満足いただけているのではと思います。足取りはゆっくりかもしれませんが、勝率の高さは誇りに思っています」

ライジングサンはオーストラリアのセリ市場でも積極的に活動し、『2万豪ドル〜8万豪ドル』の範囲に収まるお手頃な1歳馬を狙っている。さらに興味深いのは、日本から競走馬を輸入していることだ。3歳の夏場に未勝利戦の期間が終了するというJRAのシステムが鍵となっているという。

「かなり高価になるので、予算的にトップクラスの日本馬は厳しいです」

「未勝利戦は9月に終わり、それまでに勝ち上がれなかった馬はセリに出回ります。運が悪かったり、時間が必要で間に合わなかった馬だったり、将来性が高い掘り出し物を狙っています」

「タフな馬というのも大事です。通常、中距離から長距離向きの馬を落札します。オーストラリア競馬はこの路線が手薄だからです。輸送費は嵩みますが、それでもその分の価値はあると思っていますし、実際に成果は出始めています」

自身やチームが日本のホースマンと築き上げた人脈は、日本から購入する馬の『デューデリジェンス(事前調査)』にも役立っている。

「落札の候補に入った馬がいた場合、担当していた厩務員、調教助手、騎手を紹介してもらえないかと周囲に尋ねています。そうすることで、現場のリアルな情報を得ることができます。これによって自信を持って落札できるのが、他との大きな違いです」

Meiner Legacy wins in Adelaide
MEINER LEGACY, JASON HOLDER / BM78 // Morphettville /// 2023 //// Photo by Rising Sun Photography
Nishino Crescent wins at Sale
NISHINO CRESCENT, JORDAN CHILDS / BM64 // Sale /// 2024 //// Photo by Reg Ryan

原点

川上にとって競馬の原点は、少年時代に家族旅行先で体験した乗馬だった。そこでカウボーイのようなウエスタン乗馬と出会い、馬と関わる仕事への憧れを抱いた。

「ちゃんとした馬術の経験があるわけではありません。乗馬や、ブッシュライディング(外乗)といったことが私の原点でした」

父は作家の仕事をしており、テレビ番組の脚本を執筆していた。夢を追いかけてオーストラリアに行きたいという自身の決断を明かすと、両親はそれを後押ししてくれたという。

「両親は典型的な日本人というタイプではなく、やりたいことは喜んで応援してくれる家庭でした」

「障害競馬の騎手になって、何十回も骨折を経験していたときは母も不安だったと思います。今はその気持ちも理解できます。私も今は子供がいますが、障害騎手にはなってほしくないと思ってしまいます。今ならよく分かります」

「家族はいつも私の夢、私のオーストラリアでの生活を応援してくれました。本当に素晴らしい旅路だったと思います」

ライジングサンシンジケートにとって、その旅路はまだ道半ばだ。ヴィクトリア州のレベルが高い競馬界で、厳選した日本からの移籍馬が評判に見合う結果を出してくれることを期待している。

まずはコーフィールドカップを皮切りに、ワープスピードとプログノーシスが遠征先で活躍してくれることも川上が期待していることだ。しかし、勝ち負けに関わらず、スポットライトが当たるかも関係なく、今の競馬に携わる生活が大好きだと話す。

「今、自分がやっていることが好きなんです」

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍していた。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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