チェヴァリーパークスタッドで育った幼い頃のインスパイラルは、訪問者を見定めるために放牧地の柵に真っ先に駆け寄るような自信に満ちた仔馬だったという。
その後、彼女は6つのG1レースで勝利し、長い歴史を持つG1・ジャックルマロワ賞の中で史上初の三連覇に挑もうとしている。
このレースを連覇した馬は過去に4頭いるが、ジョン&サディ・ゴスデン厩舎のこの牝馬もその中の1頭だ。他の3頭を振り返ると、偉大なミエスク、スピニングワールド、そして同厩舎が輩出したもう一頭のスターであるパレスピアも含まれている。
しかし、チェヴァリーパークで生まれた彼女は今年、本調子ではなかった。5月にG1・ロッキンジステークスでの不本意な敗北から始まり、6月のG1・プリンスオブウェールズステークスではオーギュストロダンの6着に敗れた。今年はこの2レースのみだ。
しかし、持ち前の性格ゆえに、関係者は彼女が「トレーニングを続けられない」とか、5歳になった今、レースに飽きたというようなことは口にしていない。少なくともまだその時ではない。慎重ながらも、楽観的な姿勢で見極めている。
「彼女は確かに、偉大な牝馬たちに共通する少しばかりの『輝き』を持っています。彼女は無礼な人には寛容ではありませんが、馬房に入り敬意を持って接すればとても可愛らしい仔です」
チェヴァリーパークスタッドのマネージングディレクターである、クリス・リチャードソンは彼女の性格について説明する。
「1歳の頃、彼女は柵に駆け寄って挨拶をし、いつも何が起こっているのかに興味を持っている牝馬でした。毎年休養で牧場に戻ってきた時、彼女に会いに行くとすぐに耳を立てておしゃべりに来ようとします。それが彼女の性格だと思います」
「彼女は確かに自分自身の個性を持っており、生まれた時からずっとそうでした。放牧場では主導権を握るタイプで、離乳する前には、一緒に育った牡馬とも張り合える負けん気を持ったタイプの牝馬でした」
インスパイラルは牡馬混合戦では7回走り、2回勝利している。どちらもフランスのドーヴィルで行われた夏の主要マイルレース、ジャックルマロワ賞でのことだった。8月にイギリス海峡を渡って、ノルマンディー海岸に行くことが彼女に特に合っているのかもしれない。
「彼女はそのコースで良いパフォーマンスを見せているしそのコースを楽しんでいるので、運が好転することを期待しています」
リチャードソンはIdol Horseの取材に対し、説明を続ける。
「過去数年間、彼女は夏に本当に元気に育っているようでした。オーナーのパトリシア・トンプソン夫人はロッキンジステークスに出走することに満足していましたが、6月まで待ってから、7月に出走するべきだと考えていました」
「しかし、春にニューベリーでのレースに出走させたところ期待外れの結果でした。ただし、彼女はシーズンの後半の暖かい気候で元気になる牝馬だと思うので、その点では失望しませんでした」
「オーディエンスがそのレースで勝利を収めたのはとても良かったです。彼はスタートから飛び出し彼女を助ける予定でしたが、彼女はスタートが遅れ、ペースメーカーから10馬身も離れてしまいました。本当に期待外れなレースでした」
その後、彼女はロイヤルアスコットで10ハロンに挑戦した。前年の秋にG1・ブリーダーズカップ・フィリー&メアターフで優勝した距離だったが、彼女は全く見せ場がなかった。
「アスコットではあの距離で非常に厳しいスタミナを試すこととなり、彼女は最後まで持ちこたえることが出来ませんでした。またしてもスタートで失敗し後方に取り残されてしまいました」
「しかし今は調子が良さそうで、前のレースからも良い状態で戻ってきました」
もしインスパイラルが今回のレースで実力を発揮し、ゴスデンとチェヴァリー・パークのチームにまだ充分な力があることを示せれば、ジャックルマロワ賞以降の選択肢も考えられるが、昨年サンタアニタで獲得したブリーダーズカップのタイトルを守るためにデルマーに向かうことは優先事項ではない。
「完全に考えから外れているわけではありませんが、デルマーが今年の彼女の計画の優先事項とは言えません。昨年、彼女がゴール前で飛んでくるのを見たのは楽しかったですし、8年前にクイーンズ・トラストがサンタアニタでフィリー&メアターフを勝った時も同様のレースでした。比較すると似たような状況でした」
「その後、翌年デルマーに戻り、クイーンズ・トラストは5着に終わりました。あまりうまくいかず、特殊なコースでの1マイル3ハロンという距離がインスパイラルにとって理想的ではないかもしれないと懸念しています」
「他の選択肢もあると思います。チャンピオンズデーのG1・クイーンエリザベス2世ステークスなど、アスコットで1マイルのレースを試してみる価値があるかもしれませんが、もちろん状況次第です」
インスパイラルが昨年で唯一悪かった日は、彼女が好むよりも柔らかい馬場で行われたグッドウッドのG1・サセックスステークスだった。チャンピオンズデーのアスコットでは、2022年のQEIIで6着になったときのように雨で馬場が軟らかくなることはめったにないが、リチャードソンは今回は好天に楽観的だ。
「今年は非常に雨が多い春だったので、その時の天気がどうなるかは誰にも分かりません。例年より1週間早く開催され、もし秋に“インディアンサマー”のような天気が続けば、考慮する価値があるかもしれません」
その間、インスパイラルの予定は『レースごとに』進んでいくことになるが、シーズンの終わりにはチェヴァリーパークスタッドに戻り引退する予定だ。
「現在85頭の素晴らしい繁殖牝馬を擁しており非常に幸運です。そして、そのような質の高い牝馬が加わることはいつも興奮します」
「私たちはじっくり計画を立て、さまざまな種牡馬の選択肢を検討しますが、まだ最終決定には至っていません。彼女はイギリスに留まり、アメリカなどに行くことはないと思います。彼女を故郷の近くに置いておくつもりです」
しかし、今のところ彼女はまだ競走馬であり、チェヴァリーパークの4世代目の娘として本来の役目を果たしている。リチャードソン、トンプソン、ゴスデンたちにとって、焦点はジャックルマロワ賞三連覇という将来のマイラーにとって真似の出来ない基準点となるであろう歴史的な勝利にある。
「それは特別なことです。素晴らしいレースであり、現時点で彼女にとって理想的な条件です。あとは彼女に任せましょう」