先日、シドニーで行われた長編ドキュメンタリー映画『A Horse Named Winx(原題)』の試写会では、驚くべき光景が広がっていた。
まず第一に、観客の多くはウィンクスの偉業を何か一つは知っているだろう。勝って、勝って、勝ち続けて、33連勝の末に引退する。では、誰もが結末を知っている物語から、どのようなドラマを演出するのだろうか?
ドキュメンタリー映画監督のジャニーン・ホスキングは、ウィンクスのドラマだけでなく、その美しさと力強さそのものを伝える作品を創り上げた。連勝の『起点』となった2015年のサンシャインコーストギニー、ウィンクスが最後方から交わし去ったレースのシーンでは、満員の観客から歓声と拍手が自然に湧き上がった。
2017年のチェルムスフォードステークスでレッドエキサイトメントを交わして12連勝を達成したシーンや、2016年のコックスプレートでライバルのハートネルを楽に突き放したシーンでも大いに盛り上がり、観客の興奮は最高潮に達した。
興味深いことに、競馬界の偉大なストーリーをこれほど上手くまとめ上げたのは、競馬とは無縁の人物だった。
監督のホスキングは、撮影を始める前は競馬の知識は殆ど無かったが、ジャーナリスト的な視点が高く評価されている映画監督だ。『Winx: The Authorised Biography』の著者として知られる著名なオーストラリアの競馬ジャーナリスト、アンドリュー・ルールはホスキングの表現力を『芸術的』と称し、競馬の専門家ではない彼女はむしろ適任だったかもしれないと話す。
ルールはIdol Horseのポッドキャスト内で、以下のように語った。
「ジャニーンは優れた映画監督です。彼女はスポーツや競馬の道を歩んでいたわけではないですし、競馬の知識もない人物でした。映画祭で上映されるような、芸術的な映画を撮ってきた監督でした」
「以前の作品に、オーストラリアの偉大なピアニスト、ジェフリー・トーザーを題材にした映画があります。悲劇的な末路を辿り、最後はアルコール依存症に苦しんだ人物なのですが、彼女は非常に分かりやすく素晴らしいドキュメンタリーを撮りました。ウィンクスの映画作りにどう役立ったのかという点ですが、彼女のストーリーを見る目、そしてそれを伝える力がよく現われていました」
監督のホスキングはIdol Horseの取材に対し、以下のように話している。
「この映画は一般層、あらゆる年齢向けに作りました。暗いテーマの作品もいくつか撮ってきましたが、今回は感動的で、映画館で上映される作品を作りたかったんです。音、感覚、興奮、ストーリーの盛り上がりや落ち込みを味わえる映画を目指しました」
「ストーリーがどのようになるかは分かりませんでしたが、33連勝だけでは終わらないと直感的に感じていました」
ホスキングは幅広い観客層に訴えかけるべく、絶妙なバランスを保ったストーリーテリングを展開している。競馬の専門用語や俗語を減らし、初心者にも分かりやすい構成にしながらも、熟練の競馬ファンも飽きさせない内容となっている。実際、多くの競馬ファンはウィンクスのレース映像を映画館の大画面で見るだけで、大満足だろう。
ルールによる簡潔なナレーションは物語をテンポ良く進め、打倒ウィンクスを掲げるライバル陣営の騎手による臨場感たっぷりの言葉は、見る者をレースの中に引き込む。
「狩りで追われているような気分でした」と語るレッドエキサイトメントのジョシュア・パー騎手や、3度目のコックスプレートでウィンクスをクビ差まで追い詰めたブレイク・シン騎手のインタビューは、レースの裏側が垣間見える貴重な場面でもあった。
映画の全体を通して伝わってくるのは、ヒュー・ボウマン騎手の簡潔な語り口と田舎風の魅力だ。競馬界最大のショーを最前列で見守ったことを語り、ウィンクスとの思い出を振り返る。
そして、クリス・ウォーラー調教師が感情を爆発させる姿も見られた。ビッグレースを勝った直後に嬉し涙を流す姿はよく目撃されており、それ自体に驚きはないが、ここで見せる姿は今までのものとは全く次元が違った。
ジャーナリストのキャメロン・ウィリアムズは、ウォーラー調教師とボウマン騎手のインタビューを担当した。特にウォーラーの取材は当初3時間の予定が6時間に延び、「血を流すような体験だった」とIdol Horseのポッドキャストで振り返っている。
「20分ごとに彼を止めて、『もう少し続けますか?』と尋ねたんです。すると、『良い機会だから話したい。長い間抱えていた話だが、今話したい。続けたいんだ』という言葉が返ってきて。私が今まで行ってきたインタビューの中で、最も生々しい体験でした」
ホスキングは作品を『プロパガンダ』にはしたくなかったと語るが、手に汗握るような映画のクライマックスではそれが如実に表れていた。
レースでの活躍は広く知られている一方、あまり知られていない引退後の物語も描かれている。初仔を出産する際に直面した病との戦いは、結末を知っている者さえもハラハラさせる場面だった。
おそらく、この映画は競馬に懐疑的な人や誤解を抱いている人々に、訴えかける作品となるだろう。競馬界に与える最大の影響は、それなのかもしれない。
競馬ファン向けヒント: サブスクでの配信を待たず、映画館の大画面で見ることをオススメします。そして、競馬ファンではない人を一緒に連れて行くと、映画館を出る頃には競馬ファンに変身しているかもしれません。