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香港競馬での復活劇、アンドレア・アッゼニ騎手が掴んだ攻略の鍵

イタリア人ジョッキー、アンドレア・アッゼニの香港デビューは厳しい船出となったが、それを経た今は香港で五本の指に入る存在となっている。

香港競馬での復活劇、アンドレア・アッゼニ騎手が掴んだ攻略の鍵

イタリア人ジョッキー、アンドレア・アッゼニの香港デビューは厳しい船出となったが、それを経た今は香港で五本の指に入る存在となっている。

アンドレア・アッゼニ騎手は香港での経験に屈して去っていった最初の若手ジョッキーでもなければ、最後でもないだろう。しかし彼が他の騎手と異なるのは、再び戻ってきて重要な存在として確固たる地位を築いたことだ。

アッゼニ騎手は23歳だった2014/15年シーズン初めに香港で79回騎乗したが、3勝しか挙げられなかった。騎乗機会に恵まれず、調教師からも見放され、わずか6週間と期間を短縮し、2015年の初めにはシェイク・ファハド・アル・サーニのカタールレーシングとのより有望な契約のため帰国した。

香港で若手時代に同様の成績を残したワールドクラスの騎手の中には、著名な面々が含まれている。

先週のインターナショナルジョッキーズチャンピオンシップ(IJC)優勝者のミカエル・バルザローナ騎手は、2011/12年シーズンにオールウェザーの下級条件戦での1勝のみに終わり、乗り鞍の合計も42回の騎乗に留まった。現在33歳の彼は通算2,000勝以上を達成し、2021年には母国フランスでチャンピオンジョッキーとなり、40以上のG1勝利を重ねている。

Mickael Barzalona wins the 2024 IJC at Happy Valley
MICKAEL BARZALONA / International Jockeys’ Challenge // Happy Valley /// 2024 //// Photo by Shuhei Okada
Andrea Atzeni's first Hong Kong stint in 2014
ANDREA ATZENI / Sha Tin // 2014 /// Photo by Kenneth Chan

オーストラリアのダミアン・レーン騎手も21歳になる前に500勝を達成していたが、2014/15年シーズン終盤にシャティンに来た時はペースについていくことができなかった。レーン騎手は香港で151回の騎乗でわずか5勝だったが、30歳の今では、通算35のG1を制し、5カ国で日本馬に騎乗して重賞を勝つまでに成長した実力者となっている。

先週の香港ヴァーズ勝利を勝利したオイシン・マーフィー騎手でさえ、21歳の時にこの国の競争が激しい競馬界で失敗している。シャティン到着時は期待を寄せられていたが、130回の騎乗でわずか4勝だった。このアイルランド人はその後、イギリスで4度チャンピオンジョッキーとなっている。

同様に、アッゼニ騎手もその厳しい船出から飛躍したー現在までに1200勝以上を重ねているー。しかし、おそらく彼の最も印象的な功績は、前述の3人のスターとは異なり、香港の通年騎手として戻り、自身を再ブランド化したその方法だろう。

Andrea Atzeni rides Lucky With You at HKIR trackwork
ANDREA ATZENI, LUCKY WITH YOU / HKIR Trackwork // Sha Tin /// 2024 //// Photo by HKJC

香港での成功について、かつては知らなかったが今では分かることを尋ねられ、アッゼニ騎手は率直に答えた。

「一生懸命にやる必要があるということですね。初めてここに来た時、私は十分懸命に仕事をしていたとは言えませんでした」とアッゼニ騎手は語り、主にレース以外での取り組みについて言及した。

「必要な努力をしていませんでしたし、騎乗依頼を集めていませんでした。ここには騎手のエージェントがいないので、自力でやらなければいけないですから」

この発言の直前、アッゼニ騎手はハッピーバレー競馬場で2勝を挙げている。特に得意としているコース(勝率15%・10勝)での活躍もあって、昨シーズンの4位に続き、今期の騎手リーディングでは5位タイにつけている。

それは単にアッゼニ騎手の心構えだけが初期から変化したわけではない。昨シーズン初めの香港復帰に先立ち、食事と運動を組み合わせて減量し、自身を身体的にも作り変えた。

「ここがどれほど厳しい環境か分かっていたので、できる限り自分に有利になるよう努めました。最低斤量で乗れることは大きなアドバンテージになりますし、イギリスではもともと重い斤量で乗っていたので、それほど難しくはありませんでした」と彼は語った。

このイタリア人騎手は115ポンドという最低斤量で確実に騎乗できることを証明し、それは香港だけでなく、海外でも多くの機会をもたらした。

Andrea Atzeni at Royal Ascot
ANDREA ATZENI / King George V Stakes // Royal Ascot /// 2018 //// Photo by John Walton
Circle Of Fire wins the G1 Sydney Cup for Andrea Atzeni
ANDREA ATZENI, CIRCLE OF FIRE / G1 Sydney Cup // Randwick /// 2024 //// Photo by Jeremy Ng

アッゼニ騎手は特にオーストラリアの高額賞金の長距離レースで需要が高まっている。今年初めにはキアロン・マー厩舎のサークルオブファイアーでG1・シドニーカップを制し、先月のG1・メルボルンカップではゴドルフィン所属のザルドジで113ポンドまで減量して4着に入った。

彼は「オーストラリアでの騎乗をもっと増やしたいのは確かです」と語った。

「全ての馬に113ポンドで乗れるわけではありませんが、良い機会があればそうします。シドニーC制覇は私のオーストラリアでの評価を大きく高めました。シドニーC、コーフィールドC、メルボルンCのようなレースでは軽量での騎乗機会が多くあり、香港ジョッキークラブが選んだG1レースへの海外遠征を認めてくれることは非常にラッキーです」

アッゼニ騎手は地中海に浮かぶサルデーニャ島の出身で、この島は一流のジョッキーを多く輩出している。彼らのほとんどは、トスカーナの人で溢れるピアッツァ・デル・カンポを囲む危険なコースを馬とジョッキーが駆け抜ける、混沌としながらも非常に権威のある市街地レース、パーリオ・ディ・シエーナでの騎乗を夢見て育つ。

2019 Palio Di Siena
PALIO DI SIENA / Siena, Italy // 2019 /// Photo by Awakening via Getty Images

“Aceto”(アチェート)の愛称で知られる、14回のパーリオ・ディ・シエーナ優勝を誇るアンドレア・デゴルテスはサルデーニャ出身だが、平地競走の多くの名手もまたそうだ。

最も有名なのは、フランキー・デットーリ騎手と彼の父ジャンフランコで、彼らのルーツはサルデーニャにつながっている。また世界的ジョッキーであるアルベルト・サンナ騎手とアントニオ・オラーニ騎手もこのイタリアの島で育った。

アッゼニ騎手自身は7カ国でG1レースを制しているが、この1年間の成功により、香港は今や彼の故郷となった。

「ここはできる限り長く滞在を試みるべき場所だと考えました」と彼は語った。

「そしてそうするなら、香港のスタイルに合わせるためにできることは全てやる必要があります」

アッゼニにとって次のステップは、香港でG1を勝てる主力馬を見つけることだ。 昨シーズンはG3レベルで2勝、チャイニーズクラブチャレンジCでタージドラゴン、センテナリーヴァースでニンブルニンバスに騎乗して勝利した。しかし、香港で地位を再確立するのに必要だった努力と才能を考えれば、大レースでの成功は時間の問題だろう。

マイケル・コックス、Idol Horseの編集長。オーストラリアのニューカッスルやハンターバレー地域でハーネスレース(繋駕速歩競走)に携わる一家に生まれ、競馬記者として19年以上の活動経験を持っている。香港競馬の取材に定評があり、これまで寄稿したメディアにはサウス・チャイナ・モーニング・ポスト、ジ・エイジ、ヘラルド・サン、AAP通信、アジアン・レーシング・レポート、イラワラ・マーキュリーなどが含まれる。

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