午前9時半を少し回ったデルマー競馬場。日本から来た多くの厩舎関係者とメディア関係者が、検疫厩舎の門の近くで静かにたむろしている。関係者があちらこちらで動く中、星条旗模様のジャケットを着た矢作芳人調教師が紫煙を優雅に燻らせ、坂井瑠星騎手が厩務員や助手と話し、イクイノックスを育てた木村哲也調教師が行き来し、堀宣行調教師は神妙な様子で佇む。
そんな光景の中、チームジャパンの事務所として使われている薄黄色の建物の一つの裏手にある目立たない道を走ってくる車がいた。厩舎の門の長い影に車が停まり、助手席のドアが開くと武豊騎手が姿を現す。ブルージーンズにサングラス、ブリーダーズカップのロゴ入り紫のジャケットに野球帽という出で立ちの彼に、近くにいた人々に温かな挨拶の笑顔を向ける。
武騎手は落ち着いた様子だ。そうでない理由があるだろうか。日本一の名手は、顔見知りの中にいるというだけではない。それと同時に彼自身がよく知る場所にもいるのだ。

1989年9月、当時20歳の新星だった武騎手は初めて海辺の町、デルマーの空気を味わった。あのオグリキャップの有馬記念で、自身のキャリアを飛躍させる14ヶ月前のことだ。この厩舎群の中で、彼はカリフォルニアの競馬を初めて味わった。その月の4日から7日にかけての3日間で5回騎乗し、最高着順は4着だった。
次の10年間、彼はロサンゼルス郊外から2時間ほどのところにあるサンタアニタを、毎年年末に訪れることになる。そして20世紀が21世紀に移り変わる頃、武豊は日本を離れ、一時期カリフォルニアを拠点とした。
「24年前の2000年に、長くカリフォルニアで乗りました」と武騎手はIdol Horseの通訳フランク・チャンを通して振り返る。
「乗ってて楽しいですね。楽しかったし、僕の中でも良い経験で。良い思い出ですね。すごく良いジョッキーが揃ってるし、そこで自分も成長できたと思うしね。大好きな場所ですね」

武豊は2000年6月に南カリフォルニアに移り、ハリウッドパーク競馬場でキャリアをスタートさせた。そこでの初騎乗ではエディー・デラフーセイ、タイラー・ベイズ、マーティン・ペドローザらと競い合った。
その年の渡米での初勝利は1ヶ月後のロスアラミトス競馬場で挙げ、英アスコット競馬場でエアシャカールに騎乗するためイギリスに飛んだ後、8月4日にデルマー競馬場でのその年の初勝利を挙げた。レッドホットアンドブルーで勝利を収めたレースには、クリス・マッキャロン、ギャレット・ゴメス、アレックス・ソリス、ラフィット・ピンカイ・ジュニア、ビクター・エスピノーザ、そしてタイラー・ベイズといったスター騎手たちが揃っていた。
日本を代表する名手は2001年1月末までカリフォルニアに滞在した。その間の8勝のうち6勝をデルマーで挙げている。
武騎手は「自分の中でもすごく良い経験であったし、自分を大きくしてくれた場所です」と話す。
これまでBCでの騎乗は数えるほどで、最高成績は2012年のG1・BCターフでのトレイルブレイザーの4着だった。今回は55歳でのBC初勝利を目指し、G1・BCディスタフのオーサムリザルト、G1・BCジュベナイルのシンビリーブに騎乗する。


後者は日本の海外遠征の先駆者の一人である森秀行調教師の管理馬で、8月の新潟の新馬戦(ダート1800m)を5馬身差で制した1戦のみから大きなステップアップとなる。
武豊は「かなり厳しいレースになると思っています」と語る。「そんなに甘くないと思っているので、厳しいレースになると思います」
オーサムリザルトは彼の希望を背負っている。この4歳馬はここまで7戦全勝。そのうち1勝は2歳時のもので、すべてダートでの勝利だ。最初の5勝はJRAのコースで、直近の2勝は地方競馬の交流競走でのものだ。
同じコースで3年前、BCディスタフで日本にBC2勝目、かつダートでの初勝利をもたらしたマルシュロレーヌと同様に、オーサムリザルトもNARのJpn2・エンプレス杯を川崎競馬場で制し、門別競馬場でJpn3・ブリーダーズGCを5馬身差で楽勝している。


マルシュロレーヌは、大井競馬場でのJpn1・帝王賞での8着を含む2連敗の後に、後者のレースを半馬身差で制した。オーサムリザルトがエンプレス杯で下したグランブリッジは、今年の帝王賞で紅一点として出走し、キングズソードの4着に入り、G1・ドバイワールドカップ4着のウィルソンテソーロは2着だった。
土曜日にオーサムリザルトが対峙する相手と比較するのは難しいが、彼女のポテンシャルへの信頼と合わせて考えると、武騎手と池江調教師が好パフォーマンスを期待するには十分な根拠があるのではないか。
「彼女のポテンシャルがどこまでかっていうのがまだ。僕自身もレースに乗るたびに強くなってくる」と武騎手は語る。
「今回初めてこういうすごいメンバーと走るけど、いままでのように初めて強いレースに行っても全部クリアしてくれてるので、また今回もそうなればいいなと思っています」
彼はまた、デルマーでもう一つの特別な思い出を作れることを願っている。
「ここで、もしブリーダーズカップ勝てればね。ものすごく僕にとって意味があると思います」
そう語ると、生ける伝説はデルマーの日本人が集まる一角で友人やライバル、仲間たちとの和やかな会話に移っていった。