1. パリミュチュエル方式の恩恵
香港、ニューサウスウェールズ、ビクトリアそれぞれの競馬トップであるウィンフリード・エンゲルブレヒト=ブレスケス、ピーター・ヴランディス、アーロン・モリソンが共にステージに揃って立って会議の幕開けを飾った場面は、アジア競馬会議のテーマを象徴する瞬間だった。
ボクシングに例えるならこの光景は、タイソン・フューリーとオレクサンドル・ウシクが仲良く肩を組み、デレック・チゾラがスパーリンググローブを置いてハグを交わしたようなものだった。
「共に歩み進む」がこの会議のスローガンであり、緊張緩和の雰囲気だけでなくすべての行政機関および業界団体が協力して進むべきという切迫感があった。エンゲルブレヒト=ブレスゲスは、目と耳と十分な認知機能を持つ参加者なら誰でも知っていること、つまり競馬というスポーツと産業が世界中で困難な状況に直面していることを強調した。
特にコロナ後の売上減少、入場者数の減少、スポーツベッティング市場でのシェアの減少(2020年の63%から2023年には34%のシェア)、違法ブックメーカーやその他娯楽市場にシェアを奪われている現状を数値で示し語った。
同氏は業界が注目すべき4つのポイントのリストの一番上に「業界の分裂」を最も重要な課題として挙げ、続いて「社会的受容性」「違法賭博の拡大」「高齢化する顧客層」についても指摘した。
「大きなチャンスがありますが、それを実現するには共に行動し迅速に対応する必要があります。なぜなら競争は日々激化しているからです」

ヴランディスもまた、香港ジョッキークラブのCEOであるエンゲルブレヒト=ブレスゲスが提唱する「ワールドプール」のコンセプトを『天才的』と称賛した。
そのコンセプトは、すでに一つの大きな混合プール(現在の48のワールドワイドプールフィクスチャに追加される予定)を通じて、スポーツと業界を世界的に統合する役割を果たしている。ここでは固定オッズのブックメーカーを擁護する者は誰一人としていなかった。
「ワールドプールは苦戦している地域の競馬を存続させるでしょう」と述べ、オーストラリアのトータリゼーターでの賭けを州の境界のない巨大な統一プールに統合し、合法・違法のブックメーカーにより失われている売上を取り戻すことを提案した。
「業界全体として、トータリゼータでの賭けや、連勝・三連単のような賭け式をもっと宣伝すべきです。様々な連勝賭け式があります」
「注力すべきことは、オーストラリアの競馬業界はトータリゼータでの賭けです。固定オッズのブックメーカーへの賭けに流れた売上をどう取り戻すか、戦略を立てるべきです」
しかし、アジアやオーストラリアの地域が緊急の協力の必要性を認識している一方で、アメリカやヨーロッパではあまり前向きではない。エンゲルブレヒト=ブレスゲスは、イギリスの競馬が利己的で分断された混乱について「ミッションインポッシブルとは言わないが、トム・クルーズでも助けられないでしょう」と述べた。
2. 馬のアフターケアを前面に
これまでの会議では、馬のアフターケアについては重要ではあるがあまり歓迎されないテーマのように扱われてきた。しかし今回はその位置づけが変わり注目が集まった。これは遅きに失したわけではない。
IFAR(競走馬アフターケア国際フォーラム)は、3日間開催のアジア競馬会議の前日に同じ施設を利用して独自の一日会議を開催し、そのテーマはエンゲルブレヒト=ブレスゲスにより今後すべての地域で正しい対応することがいかに重要かが強調された。
会議では「社会的許可」について多くの議論があり、馬の引退後の明確で持続可能な道筋を確保することが、競馬の将来に不可欠であると認識された。
3. 違法業者が急増
過去10年間のアジア競馬会議でのテーマとして違法賭博業者の急増が挙げられてきた。
今回も例外ではなく、強調されたのは違法業者が技術的に合法業者の先を行っており、例えば違法サイトはミラーサイトを活用し、オンラインで積極的にマーケティングを行い、合法業者には選択肢がない暗号通貨を通じて拡大している点だった。
特に大きな懸念となっているのは、高税率と過剰な規制が合法業界を圧迫する一方で、違法市場では自由に利益を吸い上げることができることだ。

香港ジョッキークラブのインテグリティ&ベッティングアナリストであるトム・チグネルは、次のようにまとめた。
「最大の脅威は、違法市場が一般の競馬ファンにとってあたりまえのものとして認識されることです。これは娯楽市場に関する話であり、利益の最大化に専念しているハイエンドのプロシンジケートについて話しているわけではありません」
「規制された合法市場から違法市場への動き、あるいは競馬に賭けることを一切やめてしまう動きにはいくつかの重要な要因があります。違法市場は需要はあるが供給がない地域ではるかに大きく成長しており、供給は規制とコストの増大によって脅かされています」
特に英国では厳しい見通しだ。賭ける人が望む賭けを出来るよう非常に厳しいチェックを政府が導入した。エンゲルブレヒト=ブレスゲスは、競馬界が規制当局に対してより効果的なコミュニケーションを行う必要があると訴えた。
4. 競馬ルールの一致が必要
鞭の使用に関するルールの不一致は馬鹿げた問題だ。鞭を使わない、回数を制限する、あるいは必要なだけ使うなど、世界各地のルールが大きく異なることが問題視されている。
この問題は会議初日に、トップジョッキーのクリストフ・ルメールと武豊が自身の見解を共有し、特に議論が盛り上がったテーマだった。この問題は「社会的許可」と「馬の福祉」に関する議論に関連している。
鞭の使用回数に関するルールの差異、特に何回使用できるかについては、ほとんどのジョッキーが不満に思っていることだとルメールは強調した。
この問題は、アジア競馬会議の前日に開催されたスチュワードたちの会議でも主要な話題であり、パリで行われる凱旋門賞の前に予定されているIFHA(国際競馬統括機関連盟)の委員会会議でも再び取り上げられるだろう。ワールドプール時代において、ルールの一致は急務だが、それに至るにはまだやるべきことが多い。
5. ストーリーテリングの重要性
業界外の専門家の意見を聞くのはいつも興味深いことだ。マクドナルドの環境および動物福祉倫理に関する悪評を改善したコーポレートサステナビリティの専門家、ボブ・ランガート氏は、鞭の使用に対しては否定的な立場を明確にした。
しかし彼は、競馬が批判的な声を理解し、その声に耳を傾け精査することの重要性も強調した。極端な意見に迎合するのではなく、多数派である「中間層」を味方にすることが重要であり、そのためには透明性と良いメッセージが必要だと述べた。
質の高い読み物や作品を通じて、競馬の物語を効果的に伝えることが重要であり、その物語に誰でもアクセスできるようにすることが求められている。この「ストーリーテリングの強化」は、会議中に繰り返し議論されたテーマだった。