メルボルンカップの直前と直後、フレミントンのパドックがメルボルンカップの熱狂に包まれるのは、もはや恒例の光景だ
マカイビーディーヴァが史上初の3連覇を成し遂げた日、管理するリー・フリードマン調教師は、歓喜する関係者や競馬関係者、居合わせた人々、さらには翌日の紙面を飾るネタを探す多くのメディア陣にもみくちゃにされた。
翌年には、日本調教馬のデルタブルースとポップロックがワンツーフィニッシュ。パドックにいたメディア関係者たちは、顔を見合わせてこう思った。「通訳はいるのか?」
メルボルンカップは、地元のファンに好まれるかどうかは別として、昔ながらのパドックの喧騒はそのままに、21世紀に入ってからますます国際色豊かなレースへと変貌を遂げた。優勝馬はアイルランド、イングランド、フランス、ドイツ、そして日本からも現れた。
だが、いまだにその頂に立てない国がある。それが米国だ。
メルボルンカップには、米国調教馬の勝利はないどころか、出走馬すら送り込んだことがない。しかし今、その壁が破られようとしている。伝説的ホースマン、ビル・モット調教師が、その「ガラスの天井」を突き破ろうとしているのだ。
ビクトリア・レーシング・クラブ(VRC)は、米国のトップホースを豪州に誘致するため、近年アメリカのG2・ベルモントゴールドカップを通じて「ゴールデンチケット」を用意している。今年6月上旬、その切符を手にしたのがモット厩舎のパーチメントパーティーだった。成長著しいピンオークスタッドが70万豪ドルで購買した良血馬で、悪天候のため芝からダートに変更されたこのG2戦を勝ち切った。

しかしこのニュースは、オーストラリアではほとんど話題にならなかった。理由は明白だ。米国から豪州への遠征は、防疫規制の壁が非常に高く、実現はほぼ不可能とされているからだ。
オーストラリア政府は米国内に認可された検疫施設を持たないため、米国馬はまず英国で検疫を行い、さらに豪州到着後も再度検疫を受けなければならない。
「正直、本当に骨が折れる話だね」と、 アイドルホースの取材にモットは笑いながら語った。「それが、この挑戦を困難にしている大きな理由ですよ」
それでも、メルボルンカップにおける最後の壁を打ち破る可能性は消えていない。
「はい、あらゆる可能性を検討しています」とモット調教師は語る。「到着するために必要な検疫について情報収集を始めました。それ自体が挑戦であり、レースで勝つのと同じくらい難しいかもしれません」
それでも今は1987年のG1馬ローズデールの時代よりは容易だ。
ローズデールは6月半ばに、現在は閉場されたハリウッドパーク競馬場で走った後、7月末にロサンゼルスで検疫入り。40日間のニュージーランド滞在中にタウランガ競馬場で1走して体調を維持した。その後、シドニーのバート・カミングス厩舎に移籍し、9月末のランドウィック競馬場で1走、10月にメルボルンで4走を重ね、メルボルンカップではケンセイの3着に好走した。
パーチメントパーティーは米国のダートで実力を証明してきたが、もし11月第1火曜日にフレミントンのゲートへたどり着けば、その蹄は青々とした芝を踏みしめることになる。
「オーナーたちは彼を豪州に連れて行くことに興奮しています」とモット。「遠征しても人気馬になるとは思いません。立派な大きな馬でいい馬ではありますが、芝よりもダートの方が得意だと感じています。だが、この馬は長距離適性のある良い馬ですよ」

パーチメントパーティーを所有するピンオークスタッドは、ダナとジム・バーンハード夫妻が、90代まで馬を生産していたジョセフィン・アバクロンビー氏から事業を引き継いだ。アバクロンビー氏は2022年初頭、96歳の誕生日を目前にして亡くなった。
バーンハード夫妻は、科学とテクノロジーを競馬に融合させることを目指し、開かれた視点でこの業界に参入。
息子のベンはロケット科学者の職を辞し、数学と工学の知見を活かして競馬の世界に飛び込み、馬の故障を未然に検知するためのセンサーを開発した。
そしてモットは、1996年ドバイワールドカップ(シガー)や今年のケンタッキーダービー&ベルモントステークス(ソヴリンティ)など数々のビッグレースを制してきた名伯楽だ。そんなモットと今回のバーンハード一家との挑戦は、メルボルンカップ史上でも異色の出走馬を生むかもしれない。
「メルボルンカップ当日は国全体が止まると言われていますよね」とモット。「詳しいわけではありませんが、その重要性についてはよく聞いています」
「向こうで走っている馬の多くは、フランス、イギリス、アイルランドといった欧州生産の馬たちで、その血統はこのレースに自然と適しているものが多い。しかし、米国の血統はほとんどがダート向きで、必ずしもこの距離向きではないのです」とモットは話す。
実際、米国生産馬でメルボルンカップを制したのはわずか5頭。ベルデールボール(1980年)、アットタラク(1986年)、キングストンルール(1990年)、メディアパズル(2002年)、そしてアメリケイン(2010年)である。
パーチメントパーティーは、メルボルンカップ挑戦前の最終戦として、サラトガ競馬場のダートで行われるリステッド競走バードストーンステークスに出走予定だ。豪州では多くの関係者が固唾を飲んで見守り、好調を維持したまま長い旅路に乗り出すことを願っている。
アイルランドも、イギリスも、フランスも、ドイツも、日本も成し遂げてきた。ならば、今度はアメリカの番ではないか。