今シーズン、最も印象に残っている瞬間は?
アンドリュー・ホーキンス:
一見すれば、少しふざけた企画にも見えましたが……。1月22日、ザック・パートン騎手がビューオブザワールドで香港通算1814勝目を挙げ、史上最多勝記録の更新を記念して「鐘を鳴らす」という演出は、今や永遠の記憶となりました。
香港ジョッキークラブは、パートンが1800勝に到達した元日から、勝利のたびに鐘を鳴らせるよう、シャティン競馬場とハッピーバレー競馬場に特設の鐘を設置。記録達成までの “カウントダウン” として話題を呼びました。
パートンはこの演出を積極的に楽しみ、前記録保持者のダグラス・ホワイト現調教師も加わって物語性を深めました。茶番にも思えた仕掛けですが、やがて誰もが微笑む名シーンへと昇華され、香港競馬の歴史に残る金字塔にふさわしい瞬間となりました。
デイヴィッド・モーガン:
たった“鼻差”。それがすべてだった、G1・ドバイターフです。1800mを駆け抜けた後に残ったのは、ロマンチックウォリアーとソウルラッシュの2頭が並ぶゴールの瞬間。その静止画には、運命を分けたわずかな差と、消化しきれない思いが刻まれていました。
ロマンチックウォリアーは1月のG1・ジェベルハッタを順当に制し、サウジカップではフォーエバーヤングとの激闘に惜敗。ドバイではその鬱憤を晴らす舞台でしたが、最後の瞬間に歓喜を奪われました。
写真判定ひとつで、歴史はまったく違う表情を見せていたかもしれません。名誉こそ失わませんでしたが、“もしも” という余韻とともに、ほろ苦さが残る一戦となりました。
ジャック・ダウリング:
11月のG2、ジョッキークラブスプリント。カーインライジングで勝利を飾ったザック・パートンが、内ラチ沿いに設置されたカメラに向かってキスを送りました。あの瞬間こそ、パートンという絶対王者と、新たなスプリント界のスター誕生を象徴していました。
当時はまだG1未勝利だったカーインライジングですが、その日、セイクリッドキングダムが持っていたシャティン競馬場1200mのトラックレコードを打ち破りました。ライバルを一蹴する圧倒的な切れ味、そしてパートンの珍しくも茶目っ気あるパフォーマンス。すべてが完璧でした。

マイケル・コックス:
明るい話題ではありませんが、2月9日のシャティン開催で起きた2件の落馬事故は、シーズンの転機として強烈に記憶に残る出来事でした。
全88開催の折り返しとなる第44回で起きた惨劇。旧正月直後という時期もあり、一部メディアでは不吉な兆しとして報じられました。
1件目の落馬事故でヴィンセント・ホー騎手は長期離脱を余儀なくされ、2件目ではザック・パートンも戦線離脱。カーインライジングとのG1を棒に振ることになりました。ジョッキーの布陣は大きく揺らぎ、ライアン・ムーア、トム・マーカンド、ホリー・ドイルらが短期参戦で穴を埋めました。ジェームズ・オーマンとリチャード・キングコートもこの機に登場し、来季のフル参戦が決まりました。
3名のジョッキーが入院し、1頭の馬が命を落としました。事故は競馬界の枠を超えて大きく報道され、ジョッキークラブにとってもPR面での課題を突きつけるものとなりました。
まさに、香港競馬も変革の時を迎えていることを思い知らされる一件となりました。
今シーズン、「やり直したい」と悔やまれる人物は?
マイケル・コックス:
時間を戻すことはできないとはいえ、ジェイミー・リチャーズ調教師にとって、来季こそが香港キャリアの “大きな正念場” となるでしょう。
ニュージーランド出身の若手調教師は、これまで拠点としていたシャティン競馬場のオリンピックステーブルから、大埔地区にある旧施設へと厩舎の場所を移します。そして、新たなアシスタントトレーナーにはベン・ソー助手が就任予定。これまでのジョーンズ・マー助手から交代となります。
今季は大量の転厩に加え、中国語圏メディアでの激しいゴシップの標的にもなりました。匿名系YouTubeチャンネルによる “リチャーズ香港離脱説” は根も葉もない噂でしたが、これが火種となって有力馬の流出が加速したのは事実です。
そして何より痛かったのは、移籍した馬が新たな厩舎で次々と勝ち星を挙げたことです。調教師としての誇りを傷つけられた形となりましたが、逆にそれが復活への原動力となるかもしれません。
リチャーズは現在も44頭の管理馬を抱えており、そのうち8頭は未出走か香港未デビュー馬です。リチャーズがまだ持っているものに対して楽観的な見方を保つことができれば、きっと彼は復活できるはずです。
デイヴィッド・モーガン:
ダニー・シャム調教師はロマンチックウォリアーを4ヶ月にわたって海外遠征させ、3戦すべてでしっかりと仕上げて送り出しました。敬意を表すべきは、その勇気と準備です。
だが、もしやり直せるなら……彼はきっとあの3戦をもう一度走らせたいと思っているに違いありません。

サウジカップでは、あとクビ差で2000万米ドルの栄冠を逃し、続くドバイターフではソウルラッシュに鼻差で惜敗。もし枠順が少し違っていたら、もしジェームズ・マクドナルドがもう1テンポ仕掛けを遅らせていたら……。尽きることのない「もしも」がそこにはあります。
あの3戦で3連勝していたとすれば、伝説の海外遠征3連勝として歴史に残ったかもしれない。
さらに、シャムはシーズン前半戦で香港の調教師リーディングをリードしていました。2月上旬までは251戦して29勝と好調で、一時はチャンピオントレーナーの有力候補として盤石でしたが、2月9日以降は249戦でわずか11勝。現在はリーディング10位がやっとという苦境に陥っています。
ジャック・ダウリング:
2023/24年シーズンの調教師タイトル争いで最終戦まで首位を守りながら、惜しくも2位に転落したピエール・ン調教師にとって、今季の “やり直し” は、最初から困難を極める挑戦でした。だが、それでも彼は今季をもう一度やり直したいと願っているでしょう。
今季開幕直後、ムゲンとギャラクシーパッチというG1級の有望馬を擁し、10月にはビューティウェイヴスでG3を制覇。クリスマス時点で25勝と、調教師リーディングの頂点に立っていました。
だが、そこから7ヶ月後、年明け以降は359戦でわずか14勝と一転して不振に。ムゲンもギャラクシーパッチも勝ち星を挙げられず、ビューティーウェイヴスはトニー・クルーズ厩舎へと転厩。落差の激しいシーズンを送っています。
2024/25年シーズン、最も印象に残った新星は?
デイヴィッド・モーガン:
昨年9月、シャティンの開幕戦に登場した時点で、カーインライジングにはすでに注目が集まっていました。4連勝を経ての登場でしたが、その期待をさらに上回る衝撃を、彼は見せつけることになります。
135ポンドの斤量を背負っての鮮烈な初戦勝利から、物語は加速。G2・ジョッキークラブスプリントでのトラックレコード、G1初制覇となった香港スプリント、そしてG1・センテナリースプリントカップで再びのレコード更新、全8戦無敗の快進撃はまさに圧巻でした。
そして極め付きは、G1・チェアマンズスプリントプライズでの完勝劇。日本のスプリント王者サトノレーヴを完封し、そのサトノレーヴは次走のロイヤルアスコットで2着と実力を証明。世界基準でもカーインライジングがスプリント界の頂に立ったことは疑いありません。
たった8ヶ月で「有望株」から「世界の主役」へ。彼の歩んだ軌跡には、ただただ驚かされるばかりです。
ジャック・ダウリング:
今季のデヴィッド・ユースタス調教師は、まさに順風満帆の一年。すべてがうまくいっているように見えます。
現在の勝ち星は36勝。順位こそリーディング14位ですが、勝率は10%超と全22名の調教師中トップ5入り。デビューシーズンとしては申し分ない成果です。
注目すべきは、厩舎の構成バランス。成長株のPPG(未出走の輸入馬)であるダズリングフィット、移籍してきた即戦力のマッシヴソヴリンとビクターザウィナー、そして将来性豊かな輸入馬のグリッターリングレジェンドと、多様な戦力が結集し、来季に向けても盤石の体制が整いつつあります。
マイケル・コックス:
減量特典のある新人騎手が勝ち星を積み上げる光景は珍しくありません。だが、減量が減ってからが本当の勝負です。エリス・ウォン騎手は、そこで真価を見せました。
10ポンド減で20勝、7ポンド減で25勝と順調に勝ち進み、現在は5ポンド減。そこでも12勝を挙げるなど、自信に満ちた騎乗ぶりを見せています。
師匠は名伯楽のキャスパー・ファウンズ調教師。温かく、そして実戦的な指導で知られる師匠のもと、24歳のウォンは順調に階段を上っています。直近も60鞍で12勝と数字も十分。来季はさらなる飛躍の年となるかもしれません。
アンドリュー・ホーキンス:
来季の香港ダービー戦線は、早くも楽しみな顔ぶれが揃いつつあります。その中で、現時点で最も目を引く存在といえば、スカイジュエリーでしょう。
ジョン・サイズ厩舎のこのセン馬は、1200mからマイルまで3勝を挙げ、デビュー戦ではハッピーバレーの1200mクラス4を制覇。これはデビュー戦としては極めて珍しい快挙です。
その後は年長馬との対戦で2度敗れましたが、いずれも高評価の相手。1戦目は斤量を背負っての善戦、2戦目では6戦5勝だったホンロックゴルフと、香港クラシックカップにも出走したスカイトラストの間に食い込む内容でした。
現在は4月の勝利後、従化トレセンで調整中。血統を考えれば、2000mの距離延長にも大きな期待がかかります。ダービー候補として名乗りを上げるには、十分すぎる素材です。

年度代表馬のタイトル、「3強」それぞれの可能性は?
ジャック・ダウリング:
ヴォイッジバブルが香港史上2頭目の三冠馬となり、ロマンチックウォリアーが中東遠征で限界を超えました。だが、それでもカーインライジングの名前を外すわけにはいきません。
この強豪スプリント路線で、一度たりとも “負けそう” な気配を見せず、8戦無敗。G1を4勝、トラックレコードを2度更新し、合計16馬身以上の圧勝を積み重ねました。
ヴォイッジバブルはレッドライオンに敗れ、ロマンチックウォリアーはソウルラッシュに届きませんでした。その点、カーインライジングは7ヶ月にわたってシャティンの芝で無敵でした。
デビュー時の有望株から、いまや世界トップ評価も見込まれる絶対王者へ。仮に2025年の世界最強馬に認定されながら、香港の年度代表馬を逃すようでは、投票制度そのものが疑われるでしょう。
デイヴィッド・モーガン:
香港で三冠を達成した馬は、実に31年ぶりです。そして史上2頭目。その馬が年度代表馬に選ばれる保証すらないとは……今季のレベルの高さを物語っています。
ヴォイッジバブルは、7戦5勝2着2回。G1・香港マイルではロマンチックウォリアーを破ったソウルラッシュを退けて戴冠。そして三冠では、1600m、2000m、2400mをすべて勝ち切りました。
特に最終戦、G1・チャンピオンズ&チャターカップの勝利は、1ヶ月前に短頭差で敗れたチャンピオンズマイルからの見事な巻き返しでした。
かつての三冠馬、リヴァーヴァードンでさえ、最長距離は2200m止まり。それを超えたヴォイッジバブルの偉業は、歴史に刻まれるべきです。

アンドリュー・ホーキンス:
1999年ジャパンカップで、インディジェナスがスペシャルウィークの2着に入り、ハイライズ、モンジュー、ボルジア、タイガーヒル、ステイゴールドらに先着したあのレース以来……世界の大舞台でこれほど “価値ある敗戦” はなかったのではないでしょうか。
ロマンチックウォリアーはサウジカップでダート初挑戦ながらフォーエバーヤングの2着に好走。3着にはG1馬ウシュバテソーロが入っており、その価値は明らかです。
仮にサウジCとドバイターフを勝っていれば、“文句なし” の年度代表馬だったはず。だが、実際にはほんのわずか届かなかっただけです。その僅差が、栄光を逃す理由になるのでしょうか?
真の競馬ファンなら、その紙一重を見逃してはいけません。
この「3択」以外の可能性は?
マイケル・コックス:
正直に言えば、カーインライジングが8戦無敗でG1を4勝した時点で、年度代表馬の議論は終わったと思っていました。だが、ヴォイッジバブルの三冠制覇を目の前で見た時、その考えが揺らぎました。
あのチャンピオンズ&チャターカップでの三冠達成の勝利には、歴史的瞬間としての圧がありました。多くのシーズンなら、彼の成績だけで文句なく受賞していたはずです。
視点を変えてみましょう。次に現れるのは、8戦全勝のスプリンターか? それともまた三冠を達成する馬か?そう簡単に結論は出ないでしょう。
だからこそ、もし同票数での『同時受賞』という結果になったとしても、それは公平な判断と言えます。そして、投票はたった6名……現実味のある結末かもしれません。