香港のヴィンセント・ホー騎手が、スイス・オリンピック・メディカルセンターの医療チームからゴーサインを受けたのは月曜日。検査の結果、再び馬に乗っても問題ないことが示された。火曜日には、日本のノーザンホースパークにあるパドックでゴールデンシックスティに跨り、常歩と駈歩を行った。
そして、木曜の夕方には、香港ジョッキークラブ(HKJC)が、翌朝すぐにシャティンでの調教騎乗復帰を正式に許可した。
調教復帰当日の乗り鞍は、キャスパー・ファウンズ厩舎の馬に1鞍、フランシス・ルイ厩舎の馬に1鞍。前者を率いるのはかつての師匠、後者は彼を偉大なゴールデンシックスティに乗せ、世界的な評価をもたらしてくれた人物である。彼のプランは、まずは馬をウォームアップさせ、1頭を追い切って感触を確かめてからもう1頭に乗るというもの。初日は無事に乗り越え、ホーは競馬場に帰ってきた。
しかし、医療の専門家が健康面で問題なしと判断したとしても、9月第一週の新シーズン開幕戦に復帰を間に合わせるには、残された時間が限られている。ホー自身、それは自覚している。
騎手の仕事に求められるのは、その情熱と身体面のバランス。プロのアスリートに求められるレベルまで身体を追い込みつつも、急激に負荷をかけ過ぎないようバランスを取らねばならない。
ホーはIdol Horseの取材に対し、「悠長なことは言っていられません」と現状を語る。
「5か月も休んでいたので、レースの感覚を取り戻さなければなりませんし、少しずつ調教に慣れる必要があります。すべて順調ならシーズン開幕と同時にレースに乗るつもりですが、もしまだ準備が整わなければ少しだけ時間を延ばします。2か月計画で大丈夫だとは思いますが、具体的なタイムラインはまだ確定できません」
ホーは機会があれば何処へでも足を運ぶ、遠征好きとして有名だ。見習い騎手時代から夏はしばしば欧州へ渡り、今となってはフランスのシャンティイやイギリスのミドルハムはお気に入りの場所だ。再び騎乗できるようになった現在、彼は海外という選択肢を検討している。
「まだ計画中ですが、フランスのシャンティイかイギリスに行って、朝の乗り運動に参加をするつもりです。それからおそらく8月中旬には香港へ戻り、調教とバリアトライアルに乗ります。できるだけ多くトライアルに乗って、肉体的にも精神的にも感覚を取り戻したいですね」
ホーが5か月間も競馬場から離れた理由は、2月9日のシャティン開催で起きた激しい落馬事故で負傷し、脳出血と脳挫傷を負ったためだ。18か月の間に4度目となる重度の落馬、復帰に向けて取り組んできたリハビリと各種テストは厳格なものだった。
HKJCが調教復帰を許可する前日の木曜朝、ホーは主治医の脳神経外科医と面会し、『最終的なMRI検査』を受けて異常なしとの結果を得た。しかし、画像がクリアであるだけでは十分ではない。
「スイスで症状なしの状態であらゆる検査を受けたことが非常に重要でした。もちろん人によりますが、検査で脳震盪の痕跡がなくても、外傷性脳損傷だったわけですから後遺症が残る可能性はあります。幸いなことに、これまで受けたすべての検査で症状が出ていません」
「最大負荷のテストも行いましたが、症状は出ませんでした。だから今こそ、次の段階へ進む時です。レース仕様のフィットネスを取り戻すために本格的に鍛え始めます」
ホーはリハビリ期間中もフィットネスを欠かさず、毎日、身体的・認知的・精神的トレーニングを続けてきた。しかし今後は、騎手復帰を視野に入れて、体重管理にも取り組む予定だ。
「主な最優先事項はリハビリでした。脳と身体を治癒させるために栄養を摂らなければならず、体重のことは二の次で。これからは徐々にレース体重へ戻します。理想的を言えば、2か月以内に戻したい。それが現時点での計画、すべて順調に進むと思います」

ゴールデンシックスティに会いに行った今回の来日は、自分自身の自信を高めることにも繋がった。しかし、5か月ぶりに馬に乗るだけが理由ではなく、同馬のオーナー、スタンレー・チャン氏が購入を希望している鞍を試すことも目的だったという。
「彼のために障害馬術用のサドルを注文しようとしているんですよ」とホーは明かす。
「ノーザンホースパークさんが他の騎手や別の馬のサドルを流用しなくて済むよう、彼専用のものを用意したい。そこでイタリアのブランド、プレステージの新作を試してみました。いい感じで、乗り心地も良さそうでした。素晴らしいサドルですね。ゴールデンシックスティはそれに似合う価値がある存在です」
「鞍が合うかどうかっていうのは、馬の健康や競技寿命のためにとても大切なことなんですよ。運動はやっぱり馬自身のためにも必要ですし、背中や体にピッタリ合うサドルの方が馬にとってもずっと良いんです」
ホー自身、キャリアを長く続けるためにはフィットネスと脳の健康が重要であることを心得ている。ゴールデンシックスティへの騎乗はその現状を測る機会となった。
「全く問題なかったです。症状は何もありません。彼は完全に信頼できる馬で、私を傷つけたり無茶をしたりしないと分かっていますので、その背中な上では安心できます」
ホーは日々執念を持って今のレベルまで回復してきたが、単にレースに戻ることが、自分を追い込むモチベーションの源というわけではない。落馬以前と同じく、高みを目指して限界を押し広げ、最高の騎手であろうとする姿勢がその原動力だ。
「元に戻る、あるいはそれ以上に良くなることが目標です。時間がかかるし、結局は自分の感覚次第でもあります」
「段階を踏んで正しい方法で取り組めば、きちんと回復して以前のレベル、あるいはそれ以上に到達できるはずです。時間をかけて、一歩一歩の歩みです」