スポーツにおいて、これほど全てがうまくかみ合う瞬間は滅多にない。ケンタッキーオークスから始まったゴドルフィンの快進撃は、北米最大級のレースであるケンタッキーダービー初制覇へと繋がり、さらにイギリスでは英2000ギニー、英1000ギニーの両方もその手中に収めた。
シェイク・モハメド殿下が長年注力してきた世界規模の挑戦が『偉大な報酬』として報われた瞬間でもあった。
「夢のような週末です。皆にとって本当に素晴らしい週末でした」と、デザートフラワーで英1000ギニーを逃げ切ったウィリアム・ビュイック騎手は語った。
週の始まり、ゴドルフィンはオーストラリアから飛び込んだ話題で注目を集めた。今後、現地の体制が『専属トレーナー制』から切り替わり、専属調教師のジェームズ・カミングス調教師が8年の契約期間を終えて独立することが発表されたのだ。
それに伴い、シドニーのクラウンロッジおよびオズボーンパーク、メルボルンのカーバインロッジで働くスタッフの雇用や施設の今後に関する憶測が広がっている。
しかし、その週末、ニューマーケットとケンタッキーではゴドルフィンの陣営が歓喜に沸いていた。ニューマーケットではデザートフラワーとルーリングコート、チャーチルダウンズではソヴリンティとグッドチアーが勝利。さらに、欧州最優秀2歳牡馬のシャドウオブライトが英2000ギニーで2着、トルネードアラートも4着と健闘を見せた。
3日間でG1を4勝し、惜敗組の健闘も含めれば、ゴドルフィンの3歳世代は欧米の世代の最前線に立ったことになる。加えて、ルーリングコートはクールモアが擁する新星種牡馬、ジャスティファイの産駒。ゴドルフィンの生産部門、ダーレーの種牡馬ロースターにとっても『貴重な補強』となる可能性がある。
「まさかここまでとは思いませんでしたが、素晴らしいことです。私自身、ニューマーケットで両日とも現地にいましたが、まさに歓喜でしたね」と、ダーレーの種牡馬・生産部門のディレクターであるリアム・オルーク氏はIdol Horseに語った。
この『歓喜』という感情、そして全てを実現させた “プリンシパル” 、モハメド殿下への感謝の念は、ニューマーケット郊外のダルハムホールスタッドにあるゴドルフィン本部から発信される共通のテーマだった。
オルーク氏によれば、ゴドルフィン陣営は「現実的」に考え、「期待はしていたが過信はしなかった」状態で週末を迎えたという。チャーリー・アップルビー調教師、ブラッド・コックス調教師、ビル・モット調教師という実力派トレーナーたちが、実力馬を率いて挑む中でのことだ。
「クラシックレースですからね。勝つことがいかに難しいかは、長年この仕事をしてきた私たちはよく理解しています。しかしながら、心の奥底では、これまでの努力が報われる日が来ること、そして何より殿下のビジョンが同じく報われることを願っていました」
モハメド殿下のビジョンは、1990年代半ばに創設された当初の精鋭かつ小規模なチームから、北米、欧州、中東、日本、オーストラリアに展開する世界的勢力へとゴドルフィンを進化させた。
ドバイの統治者であるシェイク・モハメドは、ドバイミレニアム、ファンタスティックライト、スウェイン、サキー、デイラミ、レベルスロマンスといった数々の名馬によって世界各地で大レースを制してきた。
また、彼の組織は業界有数の雇用主でもあり、競走馬の引退後ケアや再訓練、教育・職業プログラム、学校などを通じた地域交流といったチャリティ事業にも多大な投資を行っている。
今回のケンタッキーダービー初制覇、ケンタッキーオークス2勝目、英2000ギニー6勝目、英1000ギニー5勝目という大戦果は、まさにイギリスおよびアメリカ拠点の強さと安定感を証明するものとなっている。
英国では、ゴドルフィンの主戦調教師を務めるアップルビーがニューマーケットに強力な厩舎を構え、もう一人の専属調教師としてサイード・ビンスルール調教師が控えている。また、ジョン・ゴスデン調教師といった “専属外のトレーナー” にも少数の競走馬を預けている。
この週末に行われた両ギニーには、アップルビーはルーリングコート、デザートフラワー、シャドウオブライトを、ビンスルールはトルネードアラートを送り出した。
昨年の英国におけるゴドルフィンの成績は、出走回数426回、勝利数112勝で、2008年以来最低の記録だった。これは、2015年の出走回数1,194回、勝利数287勝という最高記録と比べると明らかに少ない。
しかし、2024年の勝率は26%と高水準を維持しており、アップルビー調教師は欧州シーズンのピーク時に北米でハイレベルな馬を走らせるという積極的な海外戦略を展開していた。
一方、2024年の米国では、ゴドルフィンは年間最多の104勝を記録し、出走頭数も460頭と、2015年の過去最高記録487頭に迫る数字となった。現在、米国の所属馬はコックス、モット、エイン・ハーティ、マイケル・スティダム、ブレンダン・ウォルシュといった調教師たちの厩舎に分散している。
今回、グッドチアーを管理したのはコックス、ソヴリンティをケンタッキーダービー制覇に導いたのはモットだった。このダービー勝利は、スルールとジェリー・ベイリー騎手のコンビが1999年のワールドリーマナーで初挑戦して敗れて以来、実に26年越しの夢の達成だった。
こうした成果は、まさにゴドルフィンが創設された目的そのものだ。
「その評価は妥当だと思います」と前述のオルーク氏は話す。
「我々は南半球も含め、世界各地の競馬で活動しています。そして、週末の成功は、関わった全員の長年の努力と貢献が結実したものです」
この『全員』には、週末のG1勝ち馬4頭のうち3頭、さらに2000ギニー2着馬と4着馬を生産した大規模な生産部門のスタッフはもちろん、セリでの購買を担当するチームも含まれる。昨年のアルカナ・ブリーズアップセールにて、ルーリングコートを230万ユーロの最高価格で落札した立役者だ。

ゴドルフィンの『購買班』はこうした購買候補を推奨し、モハメド殿下が最終決定を行うという。
週末のクラシック戦線で活躍した6頭の3歳馬は、英国、アイルランド、米国、オーストラリア、日本と、世界各国にまたがる生産体制の結晶だ。
「この取り組みは昨日今日に始まったものではありません。多くの血統は、1980年代までさかのぼって殿下が所有してきたものです」とオルーク氏は話す。
ソヴリンティの祖母、ムシュカは、2016年のキーンランド11月繁殖馬セールでゴドルフィンが購買したG1勝ち馬だ。デザートフラワーはゴドルフィン所属馬として複数の重賞勝ちがあるプロミシングランの産駒で、その母のアヴィアシオンはブラジルから購入したG1勝ち馬だ。
同様に、グッドチアーもゴドルフィンのG1・2勝馬、ウェディングトーストの産駒である。ウェディングトーストの母、ゴールデンシーバはケンタッキーの繁殖牝馬を補強すべく購入された。
一方、シャドウオブライトはゲインズボロースタッドの系図を数世代に渡って受け継いでいる。シェイク・モハメドの兄、マクトゥーム・アル・マクトゥーム殿下が2006年に亡くなった際、ダーレーとゴドルフィンに組み込まれた牧場の血統だ。
トルネードアラートはダーレーが長年培ってきた牝系の出身。4代母のケレラはかつてのえんじ色と白の勝負服をまとい、1989年の英1000ギニーでミュージカルブリスの2着に入った。そのレースでは、この勝負服を使用するモハメド殿下の所有馬が1・2・4着を占めた。
「殿下は優れた牝系の確保に非常に熱心でした。ケレラは当時他のオーナーの所有馬でしたが、当時我々の血統顧問だったチャールズ・スピラー氏が調教中の彼女を見て感銘を受け、非公開の交渉で取引が成立しました。こうした取引は過去にもいくつもあります」とオルーク氏は語った。
「ブラジルから購買したアヴィアシオンも、非常に優れた競走馬で、父はシャーリーハイツ系の種牡馬でした。これは、殿下の革新性と先見の明の一例です。殿下は南半球の血統を我々の繁殖牝馬群に導入しようと考えていました」
「ソヴリンティの母クラウンドは、キーンランドのイヤリングセールでジョン・ファーガソンが購買した馬でした。彼女は3頭しか仔を残さず、2024年に早逝してしまいましたが、素晴らしい遺産を私たちに残してくれました」
ゴドルフィンにとって初のケンタッキーダービー制覇は、それだけでも十分な報酬だっただろう。だが、4つのクラシックレースを制覇したことで、この組織は30年以上にわたる数々の大レース制覇という伝説に、さらなる金字塔を打ち立てた。そしてこれは、ちょうどオーストラリア部門が大きな変革を迎えようとしているまさにこの時期の出来事だったのだ。