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「誇りとプレッシャー」ドバイワールドカップ、“日本総大将” フォーエバーヤングと坂井瑠星騎手の覚悟

世界中の名手たちがメイダンに集結する中、坂井瑠星騎手はサウジでの勝利を足がかりに、ようやくその肩を並べつつあることを証明しなければならない。日本馬たちは、またしてもこの国際競走を盛り上げている。

「誇りとプレッシャー」ドバイワールドカップ、“日本総大将” フォーエバーヤングと坂井瑠星騎手の覚悟

世界中の名手たちがメイダンに集結する中、坂井瑠星騎手はサウジでの勝利を足がかりに、ようやくその肩を並べつつあることを証明しなければならない。日本馬たちは、またしてもこの国際競走を盛り上げている。

朝日が埃っぽいドバイの東の空に桃色の光を浮かべ始めたころ、クリストフ・ルメール騎手はメイダン競馬場の広々としたグランドスタンドの正面に姿を現す。日本が誇るチャンピオンジョッキーは人気のない場所で記者と一対一の会話を交わしていた。

そこへ手を振り、「お元気ですか?」と声をかける。翌朝また会おうと約束し、彼はその場を去っていった。

ドバイワールドカップ開催を3日後に控えたこの日、現地入りしていたのはルメールだけではない。ジョン・ヴェラスケス、フランキー・デットーリ、クリストフ・スミヨンといった名だたる騎手たちも間もなく姿を見せるはずだ。そして、矢作芳人調教師から大きななチャンスを託された男、坂井瑠星騎手もまたその場にいた。

サウジカップでの名勝負から、まだ5週間しか経っていない。マクドナルドがロマンチックウォリアーを豪快に抜け出させたそのとき、フォーエバーヤングはまさに『王者の走り』で応え、昨年に取り逃がした一戦、ケンタッキーダービーの雪辱を果たす海外G1初制覇をもたらした。

もっとも、ドバイでは両馬が直接対決することはない。せいぜい調教中にすれ違う程度だろう。フォーエバーヤングはG1・ドバイワールドカップの筆頭格であり、同レースはアメリカの強豪もゴドルフィンの有力馬も不在という顔ぶれになった。

ロマンチックウォリアーの方はG1・ドバイターフに出走し、日本最強牝馬のリバティアイランドとの再戦に臨む。

日本馬は今回も複数レースにわたって出走しており、東西南北からハイレベルな馬が集うドバイWCデーの質と厚みを担保する存在となっている。

とはいえ、メイダン現地ではG1・ドバイゴールデンシャヒーンが今年の『注目の一騎打ち』になるのではないか、というのがもっぱらの噂だ。地元・ドバイで鍛えられた快速馬タズと、アメリカから遠征してきたストレートノーチェイサーの対決である。

一方で、リバティアイランド陣営からは「ロマンチックウォリアーに楽な展開にはさせない」といった気配も感じられる。昨年は故障明けだったこの牝馬だが、12月のG1・香港カップではダニー・シャム厩舎のエースに肉薄する2着と、力強い走りを見せたばかりだ。

Romantic Warrior at trackwork
ROMANTIC WARRIOR / Meydan // 2025 /// Photo by Shuhei Okada

いずれにせよ、芝のロマンチックウォリアーとダートのフォーエバーヤング、いま世界で最も注目される両雄が、この週末の主役となるのは間違いない。そして当然ながら、彼らに跨がる騎手たちにも熱い視線が注がれる。

中でも、まだ完全には実績を証明しきれていない坂井にとっては、よりいっそう厳しい目が向けられることになる。

坂井は火曜日の朝、フォーエバーヤングの追い切りに騎乗した。マクドナルドもロマンチックウォリアーに跨がっていたが、水曜日の朝は、ロマンチックウォリアーは調教助手を背に軽めのキャンター、フォーエバーヤングは検疫エリアを常歩で歩いていた。

この日、目を引いたのは一昨年のドバイWC覇者であるウシュバテソーロと、その僚馬であるウィルソンテソーロ(川田将雅騎手の騎乗馬)だった。他にも、ルメールが手綱を取るブレイディヴェーグやチェルヴィニア、さらにチェルヴィニアと同じG1・ドバイシーマクラシックに出走予定のドゥレッツァなども存在感を放っていた。

だがこの日、公式会見で最も注目を集めたのは、矢作と坂井だった。会場は立ち見が出るほどの盛況ぶりで、矢作夫人もなんとか席を確保したが、それは彼の細縁の黒い帯に赤い縁取りのストローハットを脱がせ、ハンカチで額の汗をぬぐってからのことだった。

矢作は上機嫌で、「プレッシャーに押しつぶされそうですよ」と冗談めかして語り、フォーエバーヤングのサウジカップ後の状態についての懸念を一蹴した。

「いろんなメディアの方から『疲れが残ってるんじゃないか』『あのレースの反動があるのでは』とネガティブな意見もいただきましたが、私としては、むしろあのレースを経てフォーエバーヤングはさらに一段上のレベルに進化したと感じています。昨日の馬体を見て、そう確信しました」

赤とえんじ色のベースボールキャップを目深にかぶった坂井は、そんな矢作の冗談まじりのからかいの的となっていた。

「以前は下手だったジョッキーも、ずいぶん上手くなりましたよ」と矢作が言えば、会場からは笑いが漏れた。

すると坂井もそれに乗じて、「下手なジョッキーなので、プレッシャーに押しつぶされそうです」と自虐的に返し、また笑いが起こった。

RYUSEI SAKAI (L), YOSHITO YAHAGI / Meydan // 2025 /// Photo by Shuhei Okada

会見場では和やかな笑いに包まれたが、このコメントにはユーモアとおそらくはメディアへの皮肉、そして痛烈な現実が含まれていた。

フォーエバーヤングがこれまでに喫した2敗はいずれも昨年、KYダービーとブリーダーズカップ・クラシックでの敗北だった。どちらもアメリカでのレースであり、そしていずれも、国際舞台における坂井の『まだ発展途上にある戦術観』が露呈する結果となっていた。

さらにいえば、シンエンペラーに騎乗して臨んだ昨年のG1・アイリッシュチャンピオンステークスでも、似たような課題を抱えていた。

だが、今年のサウジアラビアでは状況が違った。坂井は、フォーエバーヤングとシンエンペラー、2頭の主戦騎手としてそれぞれ勝利を手にし、自らの課題に対してひとつの答えを示してみせたのだった。

「誇りとプレッシャー、両方あります」と、坂井はふたたび報道陣に向けて語った。

矢作が『実績あるチャンピオンジョッキー』ではなく、自分というまだ発展途上の騎手に託してくれている現実とその重みも十分に理解している。

「まずは、こうして2頭に乗せてもらっていること自体に感謝しています。そして乗せていただいているからには、結果を出さなければいけない。去年はこの2頭で海外のG1を勝てなかったので、今年は出るレースすべてで勝ちたいと思っています」

とはいえ矢作は、責任の矛先を坂井に向けることはしなかった。

「もし、調教師がもっと馬のことを分かっていれば……たぶん、今も無敗だったと思いますよ。負けた2戦はいずれもアメリカでのレースでしたけど、あの2回の敗戦からこそ、私たちは一番多くのことを学びました」

Shin Emperor and Ryusei Sakai taking out the Neom Turf Cupver
SHIN EMPEROR, RYUSEI SAKAI / G2 Neom Turf Cup // King Abdulaziz Racecourse /// 2025 //// Photo by Shuhei Okada
Forever Young and Sierra Leone in the Kentucky Derby
SIERRA LEONE, TYLER GAFFALIONE (L); FOREVER YOUNG, RYUSEI SAKAI / G1 Kentucky Derby // 2024 /// Churchill Downs //// Photo by Joe Robbins

会見が終わると、坂井は颯爽とその場を離れた。報道陣からの関心を避けるように、自身のグループのそばを離れず、新聞などのメディアの問いかけには応じなかった。

その後、午前遅くに行われた枠順抽選会では、リバティアイランドのパートナーである川田が、ウィルソンテソーロのドバイワールドカップでの3番枠を「良い枠を引けました」と語っていた。

ルメールやマクドナルドと同じく名実ともに『チャンピオンジョッキー』の称号を持つ彼は、13歳の息子・純煌くん(ポニーレースのチャンピオンでもある)と並んで座っており、リバティアイランドはドバイターフで11頭立ての5番枠、ロマンチックウォリアーは9番枠を引いた。

「ジョッキーとしてロマンチックウォリアーとはこれまで何度も対戦してきましたが、大事なのはリバティアイランドが自分の競馬をできるかどうかだと思います」と川田はIdol Horseに語った。

「リズムよく、自分のリズムで気持ちよく走らせてあげられれば、一番いい結果につながるはずです」

この日の出馬表を見渡すと、主催者であるシェイク・モハメド殿下率いるゴドルフィンの出走馬が、全8レース中わずか5頭にとどまっているのが目を引く。

そのうち3頭はG2・ドバイゴールドカップに出走予定だ。青い勝負服を背負ってドバイSCにはレベルスロマンス、ドバイターフにはネーションズプライドが出走するが、かつてこのイベントが年間の主軸だった時代に比べると、存在感は薄れている。

ドバイWCに至っては、ゴドルフィンの出走馬は今年も不在。このレースで通算9勝を挙げている陣営にとって、3年連続での不参加となる。

一方で、パワーバランスは明らかに日本へと傾きつつある。日本では4歳・5歳といったピーク期の馬たちが現役を続けることが一般的であり、国内外問わずハイレベルなレースが維持されている。これが、世界的な競馬のトレンドとは対照的にファンの熱量が高く保ち続けられている理由のひとつでもある。

もちろん、頭数が多いことが勝利を保証するわけではない。昨年のブリーダーズカップでは日本から多数の遠征馬が挑んだが、結果は『全滅』に終わっている。

それでも、今年のドバイでは何かしらの勝利が期待されているのは間違いない。レーティングやブックメーカーのオッズを見ても、「少なくともフォーエバーヤングは勝てるはず」というのが大方の見立てだ。

そのことは――矢作も、そして彼が鍛え続けてきた弟子、坂井も、よくわかっているはずだ。

デイヴィッド・モーガン、Idol Horseのチーフジャーナリスト。イギリス・ダラム州に生まれ、幼少期からスポーツ好きだったが、10歳の時に競馬に出会い夢中になった。香港ジョッキークラブで上級競馬記者、そして競馬編集者として9年間勤務した経験があり、香港と日本の競馬に関する豊富な知識を持っている。ドバイで働いた経験もある他、ロンドンのレースニュース社にも数年間在籍していた。これまで寄稿したメディアには、レーシングポスト、ANZブラッドストックニュース、インターナショナルサラブレッド、TDN(サラブレッド・デイリー・ニュース)、アジアン・レーシング・レポートなどが含まれる。

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